2026年2月アーカイブ

白菜の花

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白菜の花


 朝からマホラ公園で山林作業。
 秩父盆地では、山火事の煙のように、黄煙が立つ。

 午後、畑で農作業。

 いちごの植え替え。
 えんどう豆に支柱立て。

 葉が巻かなかった白菜(失敗作)がトウ立ちし始めた。
 失敗作とはいえ、白菜の花は美味しい。

 味噌一号仕込み。

節分草

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節分草


 町内(埼玉県小鹿野町)の四阿屋山に登って節分草園を見に行った。四阿屋山は18度目。
 予定していたコース(ツツジ新道)で一昨日、死亡事故が起き、通行止めになっていたので、押留コースに変更した。山頂はエスケープ。

 福寿草園は満開だったが、広い園地に対して、株数が今ひとつかな。
 節分草はちょうど満開で、圧巻だった。

 下山後、畑仕事。
 いちご予定地作り。

蛭ヶ岳

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蛭ヶ岳


 大地はかなり潤った。
 たいへんいい感じである。

 終日、農作業。
 畑に食べるものがほとんどなくなってきた。

 ねぎ苗の植えつけ。
 ねぎの種まき。

 10年くらい、宮ねぎを作ってきたのだが、やはり長いねぎのほうが食べでがあるので、とりあえず、松本ねぎの種をまいた。

 写真は、丹沢・蛭ヶ岳。

大山

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大山


 2026年に入ってからの降水量は、降水換算で6.5ミリである。
 平年並みかもしれないが、2ヶ月で6.5ミリは少なすぎる感じがする。
 昨年は11.5ミリで、一昨年は34ミリだった。

 明日以降しばらく、菜種梅雨の天気図になっている。
 待望の雨が降る。

 朝からマホラ公園で森林作業。
 午後は畑仕事。

 宮ねぎ苗の植えつけ。一部のみ。
 畑の石拾い。

 写真は、南山から望む大山。
 大山北面には、雪があるように見える。

北岳か

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北岳か


 昨日は、集落の稲荷さまのお祭り。
 本来は、節分明けの午の日の行事なので、 2月13日が該当日なのだが、それぞれ都合があるため、今日に実施。

 その後、畑仕事。
 じゃがいもの植えつけ。
 畑の石拾い。

 キャンディランタンとガーデンハックルベリーの種まき。

 写真は、権現平近くの小(show)Windowからチラリと見えた高山。
 形を見ると北岳みたいなんだが・・。

秩父紅

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秩父紅


 朝からマホラ公園で山林作業。
 午後、農作業。

 ねぎとじゃがいもの植え穴掘り。
 ねぎをそろそろ植えようかとも思ったのだが、まだあまり育っていないので、見合わせ。

 秩父紅。
 ちょうど、見ごろだった。

福寿草

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福寿草


 氷点下5.7度と、かなり冷え込んだ。
 寒さの体感というのは、前日比に規定されると思っている。
 寒い日が続けばそれが当たり前になり、穏やかな日のあとに冷え込めばひどく寒く感じる。
 しかし、ひどい寒さはとりあえず、これで打ち止めになりそうだ。

 気象庁の早期天候情報はたいへん重要な情報なのだが、3月上旬まで平年比高温気味と出ている。
 こうなると、一気に忙しくなる。

 人参とチンゲンサイの種まき。
 えんどう豆に潅水。

 じゃがいも予定地とネギ予定地の耕うん。

 昨日は、東丹沢・南山へ。
 下山地の鳥居原近くの福寿草群生地はほとんど咲いていなかった。
 ほんとに群生してるのかな。

改憲は始まるか

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 総選挙の結果、自民党が大勝して、この先どうなるか、左派(おれのこと)はどう考えるべきなのか、問われている。

 高市さんはたぶん、憲法改正まで突っ走りたいんだと思う。
 彼女が尊敬してやまない安倍晋三さんも、そのような意欲を持っていたと思うが、それに手をつけることはできなかった。
 連立相手の公明党や党内重鎮のブレーキが大きかったんだろう。

 自民党は改憲を党是としつつ、護憲の考えを持つ人々を多く抱え込んできた政党で、本流の源流と思われる初代総裁の吉田茂でさえ、いちおう護憲派だった。、
 以後、自民党のトップは口では改憲を言いつつ、実際には何もしないという姿勢だった。

 しかし、高市さんはおそらく、自分の支持基盤の中核をなす右派の期待に答えたいと思っており、そのための入念な戦略を練っているはずで、今回の奇襲総選挙はその第一歩だったと思われる。
 そして結果は、高市さんとその戦略ブレーンにとって、この上ないものだった。
 このチャンスをどう活かすもか、考えられているだろう。

 ターゲットは2028年参議院通常選挙となる。
 ここで再び圧勝すれば、改憲は容易となる。

 そのために高市さんは、現在の支持率を落とさないことが重要である。
 ヒトラーもプーチンも、戦争により国家の土台が揺らぐ中で、国民の支持をある程度維持し続けた。
 彼らは国民に、欲しがりません勝つまではなどと馬鹿げなことを言わせずに、従来の生活水準を保障し、国民の離反を防止した。
 ファシストが権力を維持するためには、国民の支持をつなぎ止めることがマストなのだ。

 高市さんは2028年までは、撒き餌を撒き続けるだろう。
 消費税の引き下げは世界からも経済界からも愚策と言われているが、野党のほとんども賛成するから、撒き餌としては有効だ。
 消費減税が実現すれば、野党の多くは自分たちの手柄と誇るだろうが、国民は、高市さんの実績と受け止めるだろう。

 2028年を待たなくても、改憲を実現する方法がある。
 参議院で、自民党以外の改憲派政党を抱き込めれば、そのほうが手っ取り早く改憲可能である。
 改憲に着手する前に小手始めとして、スパイ防止法や国旗損壊罪などで協力関係を築き、互いの本気度を測ることもできる。

 護憲勢力にとっては、絶体絶命のピンチなのだが、この事態を危機的だと考えている気配はない。

 社会民主党は今度の選挙で、たった一人の小選挙区の現職(最近離党)に、刺客を立てた。
 辺野古移設反対の大義より、福島さんの言いなりにならない議員を落とすことを優先したのである。
 それは成功し、自民党の候補が議席を得た。

 共産党は今、中央の言いなりにならないモノ言う党員を摘発し、追放することに力を入れている。
 国民のための政治を実現することより、幹部たちの地位と権威を守ることが最優先になっているから、政策が国民に届くはずもない。
 実質的な最高幹部である志位さんは、腹立ちまぎれに旧立憲民主党を罵倒したが、自分の感情のコントロールさえできない人に、政治を託すなど、できるわけがない。
 まして最近は、政策論争より、街頭における暴力的な妨害活動を行う党員が野放しになっており、共産党員や党支持者による暴力事件が起きる事態も、ありえなくない。

 一週間前の2月12日、フランスで、「服従しないフランス」のメンバーが右派の若者を路上で殺害するという事件が起きた。(https://www.bbc.com/japanese/articles/c78j9035v7do)
 志位さんは昨年、「服従しないフランス」の代表と、排外主義との闘いで連帯を深めたい、と述べたが、共産党はこの事件について、黙ったままだ。

 現実は単純でなく、ちょっと見ればわかるというものではない。
 陰謀ではなくFactで、事実を知り、自分で考えるしかない。

 本厚木の駅でバス停を探し歩いていたら、小選挙区で破れた後藤祐一議員(中道)がビラを配っていた。
 通行人の反応は明らかに、冷たかった。
 バスが出そうだったので何もできなかったが、「苦しくても分裂だけはしちゃだめだよ。団結だよ」と言ってあげたかった。

西武球場

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西武球場


 午前中は書き物。
 かなり形が見えてきたが、まだまだ先は見えない。

 午後、ナタ研ぎ、焚き付け作り。

 畑に行って、秋いんげん後の耕うん。
 秋いんげんを作ったところは以前、石捨て場だったところなので、小石だらけ。
 石をほじくりながら耕す。

 えんどう豆に潅水。

 写真は、過日の下山地・西武球場。
 埼玉県にあるというだけで、親しみが湧く。

大絶滅展

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大絶滅展


 谷中霊園から上野へ。

 月曜日なのに、科学博物館があいていて、超ラッキー。
 絶対行かなければと思っていた大絶滅展を拝観。

 この展示を企画した人の問題意識は多分、理解できる。

 説明によれば、地球は今まで、5度の大量絶滅を経験している。
 それらは、大規模な気候変動により、生命が存在するすべての環境が激変したことが原因だった。

 展示は絶滅した多くの生物の化石に基づいて説明されていた。

 ほぼ半日ずっと歩いていたので、少々疲れたが、これを見ることができてよかった。

 見終わってから、いつも立ち寄るミュージアムショップへ。
 たしかここには、オレンジ色の表紙のフィールドノートが売っていたと思ったのだが、残念ながらおいてなかった。

 それより残念だったのは、この日の展示の図録もおいてなかったことだ。
 図録を買うには、レジでQRコードを読み込み、そこから図録販売サイトを開いて、クレジットカード決済すれば送料無料で図録が送られるっていうんだが、商品とお金を引き換えで物を買うことがなぜできないのか、ほんとに理解しがたい。
 帰宅後、スマホを見たら図録販売サイトを終了してしまったらしく、改めて販売サイトを開いたら、代金と送料800円を請求された。

 ほんとにもう、理解できない。

谷中霊園

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牧野富太郎墓


 日暮里駅で電車を降りて、約4時間ほど歩いた。
 谷中霊園には、それなりに著名な人や、著名でなくとも自分的には関心のある人のお墓があった。

 牧野富太郎のお墓は谷中霊園でなく、天王寺墓地に含まれるのかもしれない。

お茶畑

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お茶畑


 焚き付け作り少々。

 えんどう豆に潅水。
 毎年、この季節にどんどん枯れていく。
 ほうれん草の種まき。

 白菜下漬け。
 ヤンニョム作り。

 写真は、瑞穂町市街地のお茶畑。

セツブンソウ

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日本セツブンソウ


 朝からマホラ公園で山林作業。
 午後はオンライン会議。

 白菜の下漬け。
 畑に残った白菜も少なくなった。

 軽トラの車検ができてきた。

 写真は、耕心館庭の日本セツブンソウ。

欧州セツブンソウ

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欧州セツブンソウ


 狭山丘陵を歩いてきた。
 武蔵野台地の風情とは、このような風景なのだろうか。

 ほぼ雑木林だが、スギも混じる。
 このスギが植えられたものかどうか、よくわからない。
 雑木林のようなところにスギが自生するとは考えられないのだが、植栽されたというには、あまりにもまばらで、植えられた感じがしない。
 植林地からスギの種子が飛んできて、自生したもののような気がする。
 アカマツも生えているが、さほど多くなかった。

 遊歩道がよく整備されていて歩きやすいが、分岐がいたるところにあって、全体を理解していないとめざすところに行くのは難しい。
 アプリのおかげで、大きなミスなく歩くことができた。

 けっこう歩いて、西武球場(ベルーナドーム)に下山した。

 瑞穂町耕心館の庭に、日本セツブンソウと欧州セツブンソウが咲いていた。

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ブナ


 軽トラの車検。

 畑に行って、青菜予定地の耕うん。
 いちごに追肥。いちごは冬の間にかなり枯れた。

 自宅で、ピーマンの種まき。

 雨降山の鞍部にブナの大木があった。

奥宮

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奥宮


 雨予報だったので期待していたのだが、数字としては降水量ゼロだった。
 曇り日だが、南の空気が入ったらしく、あまり寒くない。

 春の風情を感じるとむしょうに畑をかき混ぜたくなるのは、日本人の遺伝子がそうさせるのだろう。
 実際にやれることはまだほとんどないのだが、そろそろ始動しなければならないので、まずは肥料の購入。

 Runの日。

 写真は、三波川・琴平神社の奥宮。
 雨降山の山頂近くにある。

雪降り

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雪降り


 朝からマホラ公園で、山林作業。

 午後、畑に行って玉ねぎとにんにくに追肥。
 ただでさえ少なくなった雨水がカチカチに凍ってしまったので、水がない。

 日曜日は雪降りだった。
 20センチくらいは積もったのだが、もう溶けた。

チヨが歩いた道4

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 チヨ・ダイ・ウラは警察の取り調べを受け、それぞれが署名捺印したその時の調書(の写し)は残っているので、彼女たちがどのようないきさつで、どのようなことをしたか、ある程度知ることができる。
 秩父事件に参加し、裁判にかけられた人々は、それぞれの罪の軽重に応じて軽い人で過料50銭、重い人で死刑の判決を言い渡された。「付和随行」に該当する人はおおむね過料だった。

 供述を読む限り、チヨとダイの行動は、犯罪の「教唆」もしくは「扇動」に該当するように思われる。ウラは困民党に無関係なので、もちろん無罪である。「教唆」の量刑は重懲役(9-11年)、「扇動」の量刑は軽懲役(6-8年)と決まっていたので、二人には、苛酷な刑罰が課されそうなものだが、二人の裁判言渡書が見つかっていない。無罪とは思えないのだが、その点についてはわからないとしか、言えない。

 やや気になるのは、犯罪とされた行動(困民党への参加を呼びかけたこと・武器を調達して困民軍に提供したこと等)をなしたことに対し、二人がどう思っているかを、取調官が追求している点である。他の参加者に対しては、動機に関する質問を徹底的に封印しているのと、対照的だ。
 以下、群馬県警・弥城友次郎警部とチヨの問答である。

弥城:(チヨの呼びかけに対し)高牛集落では、何人くらいが出てきたのか
チヨ:ふざけ半分に「困民党に出ろ」と呼びかけたら、5人ほどが出てきたので、トンダことをしたと思いました
弥城:「トンダことをした」のならなぜ、次の鳥羽集落でも同様に呼びかけたのか
チヨ:困民党とはいいことだと聞いていたので、鳥羽でも困民党加入を呼びかけました
弥城:おまえは今、「トンダことをした」と言ったばかりではないか
チヨ:トンダことをしたと思ったというのは間違い
弥城:困民党は武器を持って高利貸を襲ったことを知ってるだろう
チヨ:高利貸を打ち壊したことは知ってるけど、借りた金など返さなくてもいいわけだというので、悪いことじゃないと思います
弥城:困民党がいいことだと思って、ほうぼうでふれ歩いていたというわけか
チヨ:そのとおり

 ダイの取り調べを担当したのも、弥城警部だった。弥城はチヨとダイの行動の動機に興味があるらしく、ダイにも同じことを尋ねている。

弥城:このたびの困民党の騒ぎはよいことだと思うか、それとも悪いことだと思うか
ダイ:借金を10ヶ年賦にするとか40ヶ年賦にするとかいう話なので、そうなれば困ってる人は助かると思うけど・・別に何も考えてません
弥城:仮に困民が助かるにせよ、鉄砲その他の武器を持って手荒なことをすると知ってたのではないか。
ダイ:初めはそんなことをするとは思いませんでした。だけど鉄砲を借りろとか刀を借りろとかいうので、そんな大騒ぎをせずに穏やかに話し合えばいいんじゃないかと思ってました

 困民党への参加呼びかけを、やってみなとチヨにけしかけたのはダイだが、ダイは困民党なんか他人ごと的な言い方をしている。ここからダイという女性のしたたかさを感じる。

浅間山

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浅間山


 朝からマホラ公園で山林作業。

 その後、畑仕事。
 今まで荒れ地だったところを耕うん。
 荒れ地にしておくと、草が生えてどうしようもなくなるので、何かしら植えようと思う。

 えんどう豆がどんどん枯れ始めたので、潅水。

 写真は、昨日登った雨降山から望んだ浅間山。

チヨが歩いた道3

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 チヨの家に泊まっていたダイに、遠田宇市が1日に、矢納村の人々に困民党に参加するよう呼びかけた上、三波川に行って鉄砲を借りてきてほしいと頼んできた。
 ダイがそれを承諾すると、チヨの母ゲンが「物騒な世の中だから一人では心細かろう」と言って、チヨをつけてくれた。そこへ畑仕事のために通りかかったウラにチヨが声をかけ、けっきょく3人で三波川へ出かけることになった。

 3人は、チヨ宅のある小松集落を発って風早峠へ登り、矢納村へ下っていったのだが、その途中、ダイが、「「困民党に加われ」と言って歩こう」と言ったので、チヨは「それは面白い」と思って、高牛集落で、「下吉田村の困民党へ出なければあとで大勢が来てまずいことになるから出ろ」「どうせ出なければならないのだから早く出ろ」などと、言って歩いた。すると高牛で5人ほど集まってき、次の鳥羽集落でも、3人ほどが出てきた。それらの人々に、ダイが、三波川まで鉄砲を借りに行ってほしいと頼んだが、その件については誰も引き受けてくれなかった。女だけで鉄砲を借りに行くわけにもいかないので、どうせ三波川まで行くなら、3人で不動さまへお参りすることにしたのだとダイは述べている。

 * この物語は、チヨ・ダイ・ウラの供述調書に基づいて書いているのだが、ダイの供述が完全に事実を語っているかについては疑問なしとしない。遠田宇市が三波川で鉄砲を借りてきてくれと言ったというが、なぜ三波川なのか、はっきりしない。三波川に鉄砲を貸してくれそうな人がいたからなのか・・。もしそうだとすれば、その人の名前をあげて、「◯◯さんのとこから鉄砲を借りてきてほしい」という頼み方をしたはずだ。

 三波川といってもたいへん広い。「鉄砲を貸してくれー」とかどなりながら谷を歩いたところで、誰も貸してくれるわけがない。ダイは、鉄砲を貸してくれそうな人(すなわち困民党シンパもしくは自由党員)の氏名をおそらく隠している。
 かといって、警官がもっと厳しく問いつめればよかったとは、まったく思わない。体験者の談によれば、秩父事件の取り調べは、まだ一言も訊かない前に、樫の棒でまず何発か殴り、その後おもむろに尋問に入るというやり方だった。小鹿野町というところ(おれが住んでいるところだが)、警察署の庭の木に被疑者を縄で吊るして取り調べを行ったという。三人のうら若き女性がどんな目に合わされたかは、想像したくない。

平和と民主主義の正念場

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 日本の左翼には、歴史の大局観とでも言うべきものが欠落しているので、絶望する。
 その原因は、硬直した理論にある。
 共産党は、公明党を"反動ブロック"の主要な一員と位置づけ、日本の政治に深刻な逆行をもたらすと評価している。
 中道への評価も同様。

 独自の闘いはけっこうだ。

 公明党がくっついていた安倍さんは台湾有事は存立危機事態です(つまり中国が台湾に手を出したら日本は参戦する)とは言わなかったし、非核三原則を守ると言っていた。安倍さんは、ブレーキをうまく使いながら自分の望む日本を作ろうとした。安倍さんの意図はある程度実現したが、おりおりにブレーキもかかっていた。
 公明を突き放し、自らアクセルと自称する維新を取り込んだ高市さんの真の狙いは、よりフリーに武力行使できる日本の環境を整えることで、総選挙後にその全体が明らかになる。

 斎藤代表の訴えは、胸に落ちる。
 このどこが、ファシズムなのだろうか。

チヨが歩いた道2

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 朝、通院してからほぼ終日、農作業。

 いちごに潅水。
 2026年になってからまだ、2.5ミリしか降雨をみていない。
 ひどい渇水だ。

 畑に水道とかはないので、すべて雨水を利用しているのだが、秋までにためておいた雨水はほぼ、使い果たした。
 週末に雪が降る予報なので、それに期待する。

 以下は昨日の新井チヨに関する話の続き。

 新井チヨは当時、祖母のイカ(73)、母のゲン(45)、兄嫁のキク(24)と暮らしていた。兄の蒔蔵(21)は重木(隣集落)の村上泰治(17)が密偵殺害の疑いで逮捕されたとき、泰治を救おうとして抵抗し、以来、抗拒罪で指名手配されていたので、自宅にはおらず、群馬県天引村に潜伏していた。

 ダイは、群馬県上日野村の板割職人・小柏常次郎の妻だった。息子梅吉は前夫秋畑村田村藤吉の子で、9歳だった。常次郎は久しく留守だったが、10月31日に神奈川県の柏木太郎吉が自宅を訪れ、山で泊まり込みの仕事なので、毛布を持ってきてほしいという夫の伝言を伝えた。そこで11月1日に、城峯山で夫と待ち合わせて毛布を渡し、その日は新井蒔蔵宅に泊めてもらった。ダイはキクと親しかったので、チヨもまた、ダイと親しくするようになっていた。

 群馬県国峰村の遠田宇市が「どこからでもいいから刀を借りてきてくれないか」と言ってきた(時刻は不明)ので、明治17年11月1日(妹ヶ谷不動尊参りの前日)の午後15時に、ダイとチヨは二人で、重木集落の加藤重三郎(21)と卯八(姓不詳)の家からつごう3本の刀を借りてきた。刀は、チヨ宅の床の間においておいたら、誰かが下吉田村に持っていったらしい。

 この日、下吉田村では、秩父困民党の武装蜂起を夜にひかえ、午後にはすでに、警官隊と困民党軍との戦闘が始まっていた。困民軍側では、柏木太郎吉ほか1名が警官に斬られて死亡し、警官側にも死者が出ていた。チヨたちが借りてきた刀は、困民軍の武器となった。ダイの夫・常次郎は困民党の小荷駄方に任命され、困民軍のロジスティクスを担った。チヨの兄・蒔蔵は、潜伏先から立ち戻り、困民軍の下日野沢村小隊長に任じられた。秩父困民党は11月2日には大宮郷(現在の秩父市中心部)を制圧し、郡役所を占拠して革命本部をおいた。

チヨが歩いた道1

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チヨが歩いた道


 秩父郡下日野沢村の新井チヨ(19)は、頭痛持ちだった。彼女は、三波川妹ヶ谷の不動尊へ頭痛治癒の祈願をしてみたところ、霊験あらたかにて快癒したらしく、お礼参りに行こうと考え、群馬県上日野村の小柏ダイ(29)と自宅近所の黒沢ウラ(30)に声をかけ、明治17年11月2日に、三人連れ立って出かけた。

 三人連れが歩いた道ははっきりわかっているわけではないが、格別変わった道を行く必要はないから、当時もっとも一般的だったであろうルートを行っただろう。

 彼女たちはまず、チヨとウラの家がある小松集落を朝早く出立した。朝が早かったというのは想像だが、下日野沢から三波川の不動尊に行くには、健脚でもまる一日はかかるから、当然、朝は早くなければならない。チヨとウラの家がある小松集落から、彼女たちはまず、矢納村との境界にあたる風早峠に向かった。小松沢の細流に沿う昔の峠道は今、ブル道となっていて、当時の面影はない。風早峠から矢納村へ下っていくと、浜の谷集落・高牛集落・鳥羽集落を通る。ここまでは、チヨ本人が述べているから、間違いない。矢納村の先は今、神流湖によって道が寸断されているから、どこを通ったかやや不明だが、神山の南を巻いていくルートがもっともリーズナブルだろう。

 神山の南を下っていけばそこはもう、坂原村である。神流川を渡った先が、高瀬集落になる。不動尊へは、ここから法久集落を通り、石神峠へ登っていく。今は川沿いに国道462号線が走っているが、普通の歩行者はもっとも近くて楽に歩ける道を行く。明治30年測量の地形図には、高瀬からトラバースしながら露久保、さらに法久へ続く破線路が記されている。お参りが目的で、格別の足達者でもなかった若い三人の女性はもっとも一般的な道を行っただろうから、彼女たちが通ったのはこの道だろう。

 その日彼女たちは夕刻、三波川に着いたが、日の短い季節だったため、その日はダイの知人宅に泊めてもらい、不動尊へは翌朝お参りしたのち、チヨとウラは下日野沢村へ戻ることにした。ダイの家がある上日野村は、三波川から小柏峠を越えた日野の谷にある。ダイがまっすぐ帰宅するなら二人とはここで別れるべきなのだが、チヨとウラは、帰りの道がわからないと言う。そこでダイは、それじゃ送ってあげると言って、再び三人で石神峠へ登り返し、坂原村まで下ってきたところ、酒屋の前で警官により三人とも逮捕された。

 黒沢ウラはまったく無関係だったが、ダイとチヨは秩父困民党の関係者だった。その後の取り調べで、チヨは、驚くべき供述を始める・・。

 高瀬から露久保までの道は今も地形図に記載されているが、現状はほぼ廃道。しかし、部分的にははっきりした道型が残っていて、三人連れが歩いた当時をしのばせる、こんな石祠もある。露久保から法久への破線路は入口がまったく不明で今日は立ち入ることもできなかった。

改憲解散

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 高市さんは1月19日、「国論を二分するような大胆な政策、改革にも、果敢に挑戦していきたい」(官邸ホームページ)と述べて衆議院を解散した。しかしいろいろ語るなかで、「国論を二分するような大胆な政策、改革」とはなんなのか、まったく語っていない。
 ところが2月2日になって、新潟県での演説会で、「憲法改正もやらせてほしい」と述べた(日経)。高市さんのやりたいことが、ちらりと見えた。

野沢菜炒め

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野沢菜炒め


 今日で四日連続氷点下6度を下回った。

 朝からマホラ公園で山林作業。

 帰宅後、焚き付け作り少々。
 書き物少々。

 Runの日。

 冬に漬け込んだ野沢菜がやや酸っぱくなってきたので、炒めた。
 漬けただけより、炒めたほうがたぶん美味しい。

宗四郎山

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宗四郎山あたり


 今朝も氷点下7.3度だったので、水道凍結。
 このあと冬型がいくらか緩む予想なので、明日の冷え込みはいくらかマシだろう。

 今日もマホラ公園で森林作業。
 足元が痛いほど冷えるので、シモヤケ初期状態。

 写真は城山から望む宗四郎山あたり。

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