
西上州(群馬県富岡市)・神成山(龍王山)へ。
南蛇井駅からすぐに登れて、好展望の尾根を3時間足らずで縦走できて、隣の駅近くに下山できるという、ありがたい里山。

西上州(群馬県富岡市)・神成山(龍王山)へ。
南蛇井駅からすぐに登れて、好展望の尾根を3時間足らずで縦走できて、隣の駅近くに下山できるという、ありがたい里山。

アスパラのメンテ。
枯れた茎を取り除いて追肥する。
夏の乾燥期に何本か枯れた。
人参にキアゲハが来てる。
うちで育った子かな。
ツクツクボウシがまだ鳴いてる。

朝から鎮守の祭礼準備。
夕方から農作業。
昨日途中になっていたえんどう豆・そら豆の種まき準備。
どうにか仕上がった。
畑の雑草・紫蘇に花が咲き、実ができ始めた。
初夏には若い葉を摘んで梅干しに色をつけ、盛夏には葉先を摘んで飲み物を作る。
秋には若い実を摘んで、佃煮に。

やや涼しくなったので、疲労度が和らぐ。
連日の農作業。
にんにくの植えつけ終了。
チンゲンサイの種まき。
白菜小苗の植えつけ。白菜はこれで終了。
さつまいも掘り。
不作とまではいかないが、並作の下。
問題はなし。
草むしり。
雑草の伸びる速さが鈍ってきたので、畑がスッキリしてきた。
ニラ花はタテハ類に大人気。
ウラギンヒョウモンだと思われる蝶が何頭も飛んできた。
ツクツクボウシがまだ鳴いてる。
気温が高いので、まだ数日は鳴くかも。
年代層序の画期にはしばしば、生物種の大量絶滅が起きる。
これらの画期が起きる原因は、地球規模の大きな気候変動だったから、それらの気候変動に対応できなかった種が、地球を去ることになった。
更新世から完新世への移行がおきた原因は、地球規模の温暖化すなわち氷期の終焉だった。
小型ないし大型生物が絶滅しその後、現生人類が大繁殖したのが完新世=現在の温暖期だった。
前に書いたように、人新世は学問的・世界的に承認されたカテゴリではないのだが、ここ200年ほどの大気・土壌・淡海水の急激な変化は、完新世への移行期よりはるかにドラスティックだ。
この変化が、われわれの住む惑星の生態系を、どれほどの規模において、変えてしまうのか。
本州島にイワナが生息しなくなる程度で終わるのか。
それとも、人類を含むほとんどの生物が死滅するほどのカタストロフィーが訪れるのか。
地球は今までに何度も、生物の大量絶滅を経験している。
ただ少なくとも言えるのは、これまでに起きたカタストロフィーは、生物自身が原因ではなかったということだ。
しかし、今回は違う。
人類が絶滅するほどのカタストロフィーが起きるとすれば、人類が地球史を理解するためのツールである人新世概念など無意味だという意見もある。
人類が存在しなくなれば概念など無意味だというのは、もっともである。
その意見を受け入れるならば、人新世概念を意味あらしめるのは、将来発生するかもしれない知的生物による研究においてしかない。
つまり、完新世末期に人類という絶滅した生物が経済的欲望を募らせて暴走し、生命の破局をもたらした、と。
人類の一員である自分が言うのもなんだが、未来の知的生物は、人類絶滅の原因をるる研究した上で、競うこと・争うことを禁じる規範を持つか、または競うこと・争うことを禁じる遺伝子レベルの習性を持つような生き物になるだろう。
そうしなければ再び、絶滅の轍を踏むことになるからだ。

最低気温が14度と、かなり寒くなった。
先週まで猛暑日だったのに、秋が一気に進んだ感じ。
にんにくの植えつけ準備。
けっこうな大仕事だが、ほぼ終了。
明日には植えつけることができそうだ。
薪作り少々。
22年使ってきたマサカリ(フルツブルック製)が傷んできたので、買い替えた。
手に馴染んでいるので、古いのと同じもの。
柄だけ取り替えることもできるのだが、さすがに刃も丸くなってしまった。
新しい斧は古いのよりやはり、調子がよい。

自動車のメンテナンス。
その後、農作業。
落花生を掘り終えた。
草むしりも同時並行で行うので、かなり疲れたが、終わってよかった。
近年にない豊作で、とれすぎて途方に暮れる。
これはこれでとても美味しいのだが、こんな食べ方をしていたのでは埒が明かない。
とはいえ、ちゃんと干せば保存できるので、雨が来る前にしっかり干したい。
近著(『秩父事件ノート』)について、藪の高橋さんという方から、「著者にお願い。この底本になったレポートや寄稿文を、全部ガラガラポンした新しい書下ろしを上梓して欲しい。題名は「イワナの目に写った秩父事件」なんてどうかな?」というコメントを、8月11日にいただいた。
そのことについてずっと考えてきたのだが、友寄英隆『「人新世」と唯物史観』という資本論研究書を読んでいくらか、考えがまとまってきた。
「人新世」という用語は、第四紀・完新世の次の年代層序として提起された。
2023年 に国際地質科学連合・人新世作業部会により「人新世」の設定に関する提案が行われたのだが、同連合の第四紀層序小委員会は2024年に、その提案を否決した。
したがって、この用語は、未だ国際的・学問的に認知されていない。
しかし大地(土壌)と大気と水(海水と淡水)がドラスティックに変貌し、惑星全体が変質しつつある現状を、第四間氷期開始当時と同じ環境であるというには、無理があるのではなかろうか。
自分の議論の範囲内で言うなら、日本列島におけるヤマメ・イワナの生息条件が失われるか否かの分岐点に今、立っているということである。
本州島の殆どからイワナが姿を消し、北海道島のイワナが陸封される。
それを悪夢と言わずして、何と言うべきか・・。
戦前・戦後の歴史学は、20世紀の地球環境があたかも永遠に持続するということを前提として、議論を組み立ててきた。
前提が存在しなくなるかもしれないのに、陽炎のような前提にすがりついて議論を組み立てたところで、なんの意味があろう。
歴史は、歴史オタクの慰みものでなく、それで食ってる大学教授らの単なる飯の種であっていいのか。
いや、だめだろう。
そんな歴史など、犬に食われてしまえばいい。
学生時代に、信頼し尊敬する先生や先輩から、歴史は学ぶ意味のある学問だと教わった。
きっとそうなんだと思って、今まで歴史を学び続けてきた。
学問の歴史に学びつつ、学ぶ意味ある研究を、石ころ畑を耕しながら、続けていきたい。

終日、農作業。
落花生掘り。約三分の一ほど掘り終えた。
ここ数年、ネズミやカラスに食われて不作続きだったのだが、今年はちょっと記憶にないほどの豊作。
うまくいくときもあれば、うまくいかないときもあるのが、畑仕事。
大量の草むしり。
写真は、姫越山登山道から望む錦湾。
防波堤のこちらにも向こうにも、生け簀が見える。
海の恵み豊かなところなんだろう。

ほぼ終日、農作業。
白菜小苗の植えつけ。途中まで。
いちご苗の植えつけ。
大根の芽が出なかったところのまき直し。
ほうれん草の種まき。
大量の草むしり。
白菜の鉢上げ続き。
ようやく、朝は20度を下回るようになり、秋らしくなってきた。
志摩半島の付け根・姫越山。
これが紀勢の里山なのか。
ウバメガシ純林という、面白い風景。

満州移民に関するレポートが終わったので、とりあえずひと息。
数日前まで38度予想だったのだが、前線のために曇り。まぁまぁ涼しかった。
前線の位置予想はよほど難しいのだろう。
終日、農作業。
ビーツの種まき。
のらぼう小苗の植えつけ。
いちご苗の植えつけ。
ブロッコリー小苗の植えつけ。
草むしり。
さつま芋・落花生の試し掘り。
去年はいずれも不作だったのだが、今年はなんだかよさげ。
白菜の鉢上げ。

今日もほぼ雨だが、やみ間に農作業。
草むしりとにんにく予定地の耕うん。
白菜の鉢上げ。
薪作り少々。
これは、御岩神社山門の仁王像。

終日雨降りだが、やんでいる時間もある。
蕪(味こがね)・野沢菜・大根(神田)の種まき。
草むしり。
のらぼうの鉢上げ。
写真は、御岩神社の山門。随神門ではない。

蕪・野沢菜の種まき準備。
ほうれん草予定地のうね立て。
らっきょうの植えつけ。
この夏、種らっきょうもすべて漬けてしまったので、種を買い直した。
来年の収穫は微々たるものになる。
西瓜・瓜・大角豆の片づけ。
自宅で、薪作り少々。
チェンソーを研ぎ終わったら、けっこう疲れた。
写真は、畑の人参を食い荒らすキアゲハ。
美しい蝶なので、つまんで捨てるには惜しい。

朝から畑仕事で、蕪・野沢菜予定地の耕うん。
御岩山へは御岩神社から登った。
境内に入ると、大杉が林立。
もっとも大きいのが三本杉。

日立市の御岩山へ。
ここへ来たのは24年ぶり。
この前はタッタカタッタカ歩いて過ぎたのだが、今回はコースも変えて、のんびり(ヨタヨタ)歩いた。
いい山だった。
高鈴山からは道なし・バリルート。
クモの巣払い棒を振り回しながら歩いたのだが、車道へ出たときには、全身クモの巣人間と化していた。

午前中、鎮守の祭礼の相談。
午後に農作業。
ねぎ・玉ねぎの種まき。
大根・白菜の植えつけ・種まき準備。
写真は、益子町の純吟・燦爛。
平野部では珍しい、文句なしの美酒。

1923年の9月6日、関東一帯が未だ騒然とするなか、埼玉県寄居警察署は具学永さんという飴売りの青年を保護していた。
流言に踊らされて殺気立った一般住民が、保護のため移送されていた朝鮮人を襲撃する事件が頻発していたからである。
埼玉県北部では、9月4日に熊谷で数十人、本庄で86人、神保原で35人が殺害され、5日には妻沼で、朝鮮人ではないが秋田県出身者が虐殺されていた。
寄居署でも、警察官の制止にもかかわらず、自警団員が署に乱入し、竹槍や鳶口などで具さんを殺害した。
事件後、住民有志が正樹院墓地に、具さんの墓を建てた。
一昨年から、寄居地域の有志団体(むくげの会)が、具さんの追悼会を行って、事実のさらなる解明と継承をはかっている。
2023年、松野博一官房長官(当時)は「(虐殺に関する)記録が見当たらない」と述べ、あたかも虐殺が事実として疑わしいかのような言い方をしてみせた。
これこそ、恥ずべき歴史修正の見本といえる。

ほぼ終日、農作業。
大角豆片づけの続き。
草むしり。
のらぼうの鉢上げ。
苗が足らないので、のらぼうの種まき。
白菜も発芽不調につき、まき直し。
夕方から雨。
なにはともあれ、助かった。
写真は、鷲子山上神社のご朱印。

朝から畑仕事。
相変わらず、ひどい暑さだ。
畑はカラカラで、里芋やこんにゃくまで枯れ始めた。
のらぼうの植えつけ準備。
大角豆の片づけ始め。
満州移民に関する書き物ほぼ完成。
夕方から薪作り少々。
遠雷が聞こえたが、ちっとも降らない。
写真は、鷲子山の大カヤ。

今日もありえない酷暑予想な上、明け方に26度と、この夏最高に近い暑さだったので、朝から農作業。
そして、朝から酷暑だった。
秋野菜の畝立て。
午後、秩父市の図書館へ行って、満州移民について調べもの。
写真は、鷲子山上神社の随神門。
日本国憲法第21条は、「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」と述べている。
大阪府堺市で参政党が行った集まりに対し、共産党支持者が市の窓口に押しかけ、「差別政党」である参政党に会場を貸した理由を説明せよと迫った。
ここに写っているのが党員かどうかはわからないが、先の参議院選挙で、清水某・山下某・田村智子らと大阪選挙区の共産党宣伝カーに乗って演説していた人物である。
自分もちょっとした市民運動に関わっているので、公的な施設をお借りすることがよくあるのだが、詐欺や犯罪に関するものでない限り、自治体が借用を断るなど、考えられない。
自治体窓口が集まりの内容について審査し、内容により借用拒否できるとなれば、市民運動は息の根を止められる。
上の写真は、すでに253万人に閲覧されているのに、小池晃氏は「この行為を「把握していない」」と述べた。
田村氏は、このかん激化している、党員らによる言論抑圧行動について、「党として行ったものではない。個々の市民の皆さんが自発的に行ったもので、一つ一つにコメントはしない」と述べている。
共産党は、コントロール不能の危険な政党になりつつある。

下山後、ちょっと遠いが、内原訓練所の資料館へ。
今の高校生と同じ世代の教育施設。
資料館見学後、近くの訓練所記念碑も見に行った。
旧訓練生によって建てられたと思われる。
加藤完治が戦犯に問われなかったのは、なぜだろう。
占領軍はおそらく、農本主義が理解できなかったのではなかろうか。
農本主義は、国粋主義と親和性が強い。
ナショナリズムの内実は、右から左まで、きわめて多様である。
農本主義ナショナリズムは、けっこう厄介だと感じる。