堀口辰三郎翁事績

| コメント(0)
堀口辰三郎翁事績


翁は明治三十年五月十六日秩父郡中川村に生まれ、少年時代より資性誠実・志操堅固であり、その生涯は真心を以て一貫されていた。大正二年四月一日、同村役場に書紀として奉職以来、昭和十三年四月十三日まで二十六年の間、常務方面委員・社会教育委員・少年教護委員・埼玉県報徳会講師・在郷軍人分会長・青年訓練所首席指導員・消防組相談役・青年会顧問等を歴任し、村全般の指導者となっていたが、当時の国策による大陸経営のため満州国への分村計画が奨められるや率先して満州中川村開拓団を組織して団長となり、昭和十三年五月十五日より同二十年八月まで七年間大陸開拓に尽力され、三江省々政議員・樺川県々政議員・満州国協和会の省及び県の協議員等に選ばれ活躍された。同年八月の敗戦以後、日本への引揚に際しては、自身の家族を失い、九死一生の極限的苦労重ねながら同法救出に力を尽し、帰国と同時に引揚者のために寝食を忘れて就職と住居の安定に奔走し、更に傷病軍人の相談相手として戦争犠牲者の救援を続け、秩父市引揚者同友会長・埼玉県引揚者連合会常任理事・同会秩父市支部長・埼玉県遺族相談員・秩父市社会福祉協議会評議員・同会老人福祉委員・秩父市遺族会理事・日野田町長寿クラブ会長党の役職を逝去に至るまで続け、社会福祉のために努められた。以上の事績に対し、古くは大正二年模範青年として秩父郡長より表彰されたのを始め、文部・厚生・外務の各大臣、埼玉県知事その他各種関係団体より表彰されること十数回に及んでいる。
 翁の行跡の詳細を挙げようとすれば万言を費すとも尽し難いので、今是に略記して遺徳を偲ぶよすがとする。
昭和六十一年十一月吉日 野坂寺十六世 閑栖松巌晋祐 謹誌

 中川村開拓団団長の事績碑。
 権力・資力の大きいものや声の大きいものによって、歴史が書かれるとすれば、誰かがそれに抗わなければ、悲しい思いをしたものは、永遠の沈黙を強いられる。
 それはしかし、人の道に反するのではないか。

コメントする

2025年8月

日 月 火 水 木 金 土
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

アーカイブ

カテゴリ