20世紀の理性

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 19世紀の世界では弱肉強食が当然で、経済力=軍事力のみが、国と国との関係を律する唯一のモメントだった。猛獣同士が食い合う世界にいきなり飛び込んだ明治の日本にとって、富国強兵以外に生きる道はないと思えただろうし、それは国内においてデスポティック(確か木戸の言葉だったと思うが確信なし)以外の政治形態はありえないと思えただろう。当否はさておき、それが19世紀世界の現実だった。
 20世紀になっても日本の指導者の認識は変わらなかった。しかし第一次大戦後、ウィルソンにより提起された「民族の自決の原則」が国際関係の基本ルールとして確立された。日本の指導者がこれを十分に理解できなかった結果が、十五年戦争と日本の破滅だった。
 冷戦期には、被抑圧民族が社会主義国と友好関係を作り、社会主義国が覇権的・帝国主義的な振る舞いを見せ始めると、「非同盟」という、それまでになかった国際的ブロックが形成された。冷戦終了後の民族運動は、大国の論理とは異なる次元において同時多発的に展開した。21世紀の世界は、一見すると複雑怪奇なカオスに見える民族運動を、非暴力と共生の論理においていかに包摂していくかが、問われている。
 プーチンによるウクライナ侵略は、歴史を19世紀に引き戻そうとする暴挙だったから、世界は、20世紀世界を律した原則に従ってそれを非難し、ウクライナを支えた。ところがトランプ大統領は、外交政策を決定するための原則を持たない。
 「支援が欲しければ、お前のところの(お金に換算できる)何かしらをこっちへよこせ」
 「なぜお前は感謝の気持を示さないのか」
 トランプの「ディール」は、プーチンとともに、世界を19世紀に引き戻そうとする試みである。20世紀の理性はかろうじて、スターマー・マクロン・ショルツらによって守られようとしている。

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