
昨日は朝から秩父事件研究顕彰協議会の総会・講演会。
講演要旨のまとめに深夜までかかったので、疲労困憊した。
今日は午後から稲穂山公園で森林作業。
けっこう寒かったのだが、アメダスを見ると昼間の気温は4度から5度くらいだったようだ。
生薪をもらってきたのだが、積む体力がないので、軽トラからおろしただけ。
写真は、常陸太田市の西金砂神社。

昨日は朝から秩父事件研究顕彰協議会の総会・講演会。
講演要旨のまとめに深夜までかかったので、疲労困憊した。
今日は午後から稲穂山公園で森林作業。
けっこう寒かったのだが、アメダスを見ると昼間の気温は4度から5度くらいだったようだ。
生薪をもらってきたのだが、積む体力がないので、軽トラからおろしただけ。
写真は、常陸太田市の西金砂神社。

秩父事件の会計監査。
ツッコミどころ満載だった。
夕方、畑仕事。
草むしり少々のみ。
写真は、山方町地割の中島藤右衛門家の長屋門。
この前奥久慈に来たときには、中島藤右衛門を神として祀る蒟蒻神社に行ったのだった。
一反歩ほどもあろうかと思われる広い庭畑がきれいに耕されていた。
人家は少なく、ほんの数軒が暮らされているようだった。
かつてはも少し賑やかだっのかもしれないが、それでも畑として利用可能な土地は少なく、傾斜地ばかりなので、もちろん田んぼは作れない。
中島家はこんにゃく粉製造法を発明して成功するまでは、山間のこの地で草分け百姓として勢力を持っていたのだろう。

薪の移動。
生薪を積む場所はあるのだが、熟薪を積む場所がなくなってきた。
ほぼ終日、秩父事件関係の会計処理。
自分に会計能力がないことを毎年のように痛感する。
気温が上がってきたため、屋内がカメムシだらけになっている。
片端からそっと捕獲し、20匹くらいずつまとめてトイレ流しにする。
写真は、おかめ山から望む奥久慈の山並み。

奥久慈のおかめ山(ぼとく山)へ。
大地が割れてる「地割」というところがあると聞いて、俄然、行きたくなった。
登山口の地割集落は、こんにゃくの神様・中島藤右衛門の生まれたところで、藤右衛門のお墓に参ることもできた。
奥久慈の山並みに加えて、地球の造山活動の妙というべき、地割の景観を見ることができた。

朝から稲穂山公園で山林作業。
気温がずいぶん上がってきた。
公園ではサンシュユが花盛りで、ヤマザクラもほころんできた。
ソーチェンが切れるというアクシデントのため、自分の仕事ははかどらず。
そういえばここ数日、フクロウの声が少なくなってトラツグミが夜中鳴くようになった。
この写真も、角田山のオオミスミソウ。色違い。

午前中、秩父事件の会計処理の続き。
午後は稲穂山公園で山林作業。
夕方から雨。
写真は、角田山のオオミスミソウ。

稲穂山公園で終日、山林作業。
畑の草むしり。潅水少々。
帰宅後、枯れ木の玉切りとチェンソー刃研ぎ。
写真は、角田山で見たヤマザクラ。
樹木というより、ほぼ妖怪。

12回目の角田山(新潟県巻町)。
古墳コース(登り)から此の入沢コース(下り)へ。
オオミスミソウはもちろんすごいんだが、角田山はケヤキとヤマザクラの大木の山でもある。
数ある大ケヤキのなかで、古墳コースのこのケヤキが一番大きい気がする。

今日も雪。
山仕事を休むことができるので、ちょっとホッとする。
けっひう盛んに降ってるが、大雪にはならない。
この時期、奥秩父の高い山では、根雪がどんどん増えてくる。
14年前のちょうどこの時期に、年少の友人たちと雁坂峠をめざした。
ハードなワカンラッセルを強いられたが、人間ブルドーザくんが先頭で、ぐいぐい引っ張ってくれたおかげで、雁坂小屋まであと少しというところまで進んだ。
しかし北面のトラバースは危険と思ったので、残念だが撤退と決めたのだった。

朝から稲穂山公園で山林作業。
午後は畑で農作業。
人参とビーツの種まき。
風が強かったのですぐに撤退。
帰宅後、枯れ木の玉切りと生薪積み。
雨が降ってきたので、終了。
雪予報だが、天気図的には雨とおれは予想する。
ホトケノザが大開花すると、見応えがなくもないのだが、畑のトップ雑草なので、草むしりの労を考えると、ため息が出る。
同じように早春に咲く花だが、ある草花はスプリング・エフェメラルなどと称賛されて、ある草花は雑草として憎まれる。

昨日は激しく雪が降ったが、すぐに溶けた。
とはいえ、山仕事も畑仕事もできる状態でなかったので、身体休めを兼ねて根詰め仕事。
今日、午前中は神社と秩父事件の雑務。
ルバーブの種をビニールポットに種まき。
午後は稲穂山公園で山林作業。
帰宅後、もらってきたナマの薪を車からおろして、枯れ木の玉切り。
チェンソー刃研ぎ。
写真は、逗子・二子山のタブ林。

稲穂山公園で終日、山林作業。
さすがに疲れた。
仕事が終わったとたんに、雨が降り出した。
予想天気図通りなら明け方までに、雪に変わるだろう。
写真は、二子山で見た大迫力タブノキ。

照葉樹林にハマって、この冬は、三浦半島・湘南の低山をけっこう歩いた。
いい山があったらまた来たい。
逗子・二子山の基地局らしき建物の上で、トビが鳴く。
そろそろ繁殖期が近い。
ここの照葉樹林もなかなかだった。

朝から稲穂山公園で山林作業。
午後に農作業。
相変わらず、花粉大飛散。
じゃがいもの植えつけ。
今日はノーザンルビー。
じゃがいもはこれで終わり。グランドペチカは今年から作らない。
いちご・アスパラ・玉ねぎに潅水。
いちごはこの冬の間にずいぶん枯れた。
今作ってるのはとちおとめだが、夏の暑さにも冬の寒さにも弱い。
帰宅後、自宅敷地の山柿と樅の木の枝切り。
チェンソー刃研ぎ。
写真は、高麗山の大エノキ。

確定申告の書類は一発でパスした。
これは自分史上始めてで、画期的なことだった。
おかげで、貴重な時間を無駄にせずにすんだ。
午後、稲穂山公園で山林作業。
その後、畑で農作業。
えんどう豆に支柱竹立て。
じゃがいもの植えつけ。
今日は、十勝こがねを植えた。
草むしり少々で小雨が降り始めた。
写真は、箱根連山と相模湾。

花粉大飛散で大悲惨。
朝から稲穂山公園で山林作業。
午後は帰宅後、確定申告の書類作り。
昨年よりはうまくできた感じ。
明日、税務署に行ってみる。
写真は、ミツモチで摘んできたアキグミの酒。
ほぼ透明だが、かすかに褐色を帯びる。
リキュールを作るときに砂糖は入れないのだが、たいへん甘い。
風味にちょっとした癖があって、人によっては「珍味」と感じるかもしれないが、もちろん、不快な味ではない。
ミツモチには秋の樹の実が多かったのだが、前黒山あたりだとどうだろう。
秋の山に行きたいなぁ。

麦味噌の仕込み。
これで今年四度目。
これだけ仕込んでおけば、ある程度間に合うだろう。
じゃがいもの棚卸し。
チェンソーを研いでから町へ。
昨日、行われた鎮守の祈念祭の会計処理。
午後は、稲穂山公園で山林作業。
終わってから、畑で農作業。
ルバーブの植え替え。
じゃがいもの植えつけ。
今日は北紫を植えた。
帰宅後、再びチェンソーを研いで、仕事終わり。
写真は、薬王院の山門。
まぁまぁ朝が早かったので、そこそこすいていた。

朝から稲穂山公園で山林作業。
午後は畑で農作業。
アスパラの植え替え。
ルバーブ植え替えの準備。
雪が降ってきたので、終了。
高尾山でも、ナラ枯れ対策の伐採が行われているという。
枯れるのはコナラだけなので、その他の樹種に問題は起きない。
写真は、高尾山のヤマザクラ。


午前中、秩父事件顕彰運動の大先輩の葬儀。
ひと休みして、枯れ木を玉切って燃料作り。
麹がまぁまぁよく寝たので、塩で止めた。
おれが作ってるのは黒い麦なので、黒い麦麹になる。
これを赤い大豆と合わせて味噌を仕込むんだが、赤と黒の組み合わせのため、仕上がりの見た目がよろしくない。
味はよいので、これでよい。そこが手前味噌。
味噌は一昨年仕込んだ、二年もの。
独ソ不可侵条約(1939)が結ばれたとき、日本の首相は腰を抜かして辞任した。不倶戴天の敵同士だった反共国家と共産国家が手を結んだのだから、無理もない。
しかし独ソには、独裁・帝国主義国家という共通点があり、二国が結ばれる必然性がないわけではなかった。が、独ソ不可侵はしょせん同床異夢だったであり、だまされたソ連は痛い目を見ることになった。
いま、米露の連携が見え隠れする。ヨーロッパは、これへの対抗軸の形成へ動こうとしているが、それもまた、危険な道だ。
アメリカが「ロシアとの紛争から逃れたウクライナ人約24万人の一時的な在留資格を取り消すことを計画している」という報道あり(ロイター)。これがホントならウクライナ避難民の強制送還が始まることになる。
トランプは、「アメリカを再び偉大にする ! 」と叫び、共和党の議員たちが立ち上がって、手を叩きながら「そうだ ! 」と叫ぶ。民主党議員の数名が、首を振りながら議場から出ていった。
偉大なアメリカとは、相手を見下し、さまざまな脅しによって言うことを聞かせる(これが彼のいう「ディール」だ)ことによって実現するのか。
「トランプを怒らせたことによってゼレンスキーは失敗した」と評論しているのを見た。ウクライナ国民の命とウクライナの誇りの両方を守るために命をかけてるゼレンスキーに、これ以上なにを要求しようというのか。
ポール・サイモンは、「アメリカ」という彼の曲の終わりを「All come to look for Amerika」というリフレインで結んだ。アメリカ人は、21世紀の今、どのようなアメリカを見つけたのだろうか。
おれが初めて、おこづかいで買ったドーナツ盤がたしか、「アメリカ」だった。
地球の一市民としては、20世紀の理性が健在であることを望みたいが、スターマー・マクロン・ショルツらが実際にそれを体現しているかは知り得ない。
東ーロッパの分割(ルーマニア:ソ連が90%、イギリスが10%、ギリシア:イギリスが90%、ソ連が10%、ユーゴスラヴィアとハンガリーは英ソそれぞれ50%ずつ、ブルガリアはソ連が75%、その他の国が25%)を決めた(1944.10)のは、スターリンとチャーチルの二人だった。
日本の千島列島をソ連に渡すと決めた(1945.2)のは、スターリン・チャーチル・ルーズベルトの三人だった。
これらは全て、当事者抜きの秘密協定として決められた。19世紀であれば秘密にする必要もなかったのだが、さすがに20世紀半ばにこのような帝国主義まる出しの領土分割を大っぴらにはできなかったということだ。
東ヨーロッパ分割を決めた、上記のいわゆる「パーセンテージ協定」は単なる手書きのメモだった。チャーチルは「何百万の人々の運命に関する問題を、こんな無造作なやり方で処理したことがバレるとまずいから、この紙は燃やしちゃおう」と言ったが、スターリンは、「いや大丈夫。取っとけよ」と答えた。そのあたりの経緯は、不破哲三さんの『スターリン秘史』(全6巻)に詳しい。

初雪。なごり雪になるかな。
19世紀の世界では弱肉強食が当然で、経済力=軍事力のみが、国と国との関係を律する唯一のモメントだった。猛獣同士が食い合う世界にいきなり飛び込んだ明治の日本にとって、富国強兵以外に生きる道はないと思えただろうし、それは国内においてデスポティック(確か木戸の言葉だったと思うが確信なし)以外の政治形態はありえないと思えただろう。当否はさておき、それが19世紀世界の現実だった。
20世紀になっても日本の指導者の認識は変わらなかった。しかし第一次大戦後、ウィルソンにより提起された「民族の自決の原則」が国際関係の基本ルールとして確立された。日本の指導者がこれを十分に理解できなかった結果が、十五年戦争と日本の破滅だった。
冷戦期には、被抑圧民族が社会主義国と友好関係を作り、社会主義国が覇権的・帝国主義的な振る舞いを見せ始めると、「非同盟」という、それまでになかった国際的ブロックが形成された。冷戦終了後の民族運動は、大国の論理とは異なる次元において同時多発的に展開した。21世紀の世界は、一見すると複雑怪奇なカオスに見える民族運動を、非暴力と共生の論理においていかに包摂していくかが、問われている。
プーチンによるウクライナ侵略は、歴史を19世紀に引き戻そうとする暴挙だったから、世界は、20世紀世界を律した原則に従ってそれを非難し、ウクライナを支えた。ところがトランプ大統領は、外交政策を決定するための原則を持たない。
「支援が欲しければ、お前のところの(お金に換算できる)何かしらをこっちへよこせ」
「なぜお前は感謝の気持を示さないのか」
トランプの「ディール」は、プーチンとともに、世界を19世紀に引き戻そうとする試みである。20世紀の理性はかろうじて、スターマー・マクロン・ショルツらによって守られようとしている。

昨日夜半から強い雨。
気温が急降下した昼過ぎに雪に変わったが、夕方にはやんだ。
積雪なし。
ここまでは慈雨と言っても過言でない。
しかし問題は、明日午後から明後日にかけて予想されている南岸低気圧で、ある程度の積雪は覚悟しなければならない。
食べ物が雪に埋もれてしまうかもしれないので、畑に行ってねぎと大根を確保してきた。
昨日、秩父事件研究顕彰協議会が江村栄一記念・自由民権地域研究・顕彰活動賞をいただけることになったので、東京に出かけたのだが、終日ネクタイを締めていたこともあってか、都会は疲れる。
今日は山仕事も休みで助かった。
白菜があと少し残っているので、今しばらくキムチが食える。
写真は、あと一回分のヤンニョム。
ニラはまだ芽が出ないので、ねぎで代用。
アミの塩辛は手に入らないので、イカの塩辛で代用。
ゆずは使ってしまったので、ライム果汁で代用。
種麹が余っているので、あともう一度、味噌を仕込む。

麦味噌の仕込み。
そこそこ、おお仕事。
昨年の赤大豆は、収穫皆無だった。
とりあえず二回分はストック豆を使ったが、ストックがなくなったので、三度目の仕込みのため、やむなくスーパーで購入。
こんにゃく作りといんげん煮豆。
キムチ用のヤンニョム作り。
一日のかなりの時間を食い物作りと燃料作りに費やしてるな。
これが、人間の暮らしだ。
午後から稲穂山公園で山林作業。
写真は、高尾山から見た富士。