
朝から稲穂山公園で山林作業。
午後は、畑で農作業。
アスパラ予定地のうね立て。
人参・ビーツ予定地のうね立て。
じゃがいもの植え穴掘り。
米の麹完成。
写真は、小鹿野町裏山にある笠間稲荷。
狛狐は昭和7年に在郷軍人分会が奉納している。

朝から稲穂山公園で山林作業。
午後は、畑で農作業。
アスパラ予定地のうね立て。
人参・ビーツ予定地のうね立て。
じゃがいもの植え穴掘り。
米の麹完成。
写真は、小鹿野町裏山にある笠間稲荷。
狛狐は昭和7年に在郷軍人分会が奉納している。

朝から稲穂山公園で山林作業。
連日山仕事してるのは、ナラ枯れ対策事業に取り組んでいるため。
稲穂山ではまだ枯れ始まっていないが、キクイムシは大侵入しているから、放置すれば、今年の夏には山が赤くなるほど枯れるだろう。
午後は、畑で農作業。
白菜・野沢菜あとを片づけて耕うん。
人参・ビーツ・アスパラ予定地を耕うん。
週明けの南岸低気圧にとりあえず期待。
ただし、勝手ながら大雪は勘弁だ。
写真は、畑の裏山から見た三合落。

午前は薪積み。
アスパラの種まき。
午後、稲穂山公園で山林作業。
夕方、昨秋まいておいたアスパラ小苗の植えつけ。
チェンソー刃研ぎで日没。
昨日、山仕事の帰りに、節分草自生地を見に行った。
スプリング・エフェメラルのトップを切る花だ。

朝から稲穂山公園で山林作業。
午後は、知人宅へ枯れ木をもらいに行ったのち、畑で農作業。
昨日と同じだ。
豆類に追肥を兼ねて潅水。
各種とも、一定数は枯れたが、そこそこ残っているので、これからの管理次第で収穫までたどり着けそうだ。
元気のよすぎるそら豆はいくらか、剪定した。
昨日の朝は氷点下6.6度と冷えたが、今日はさほどでもなかった。
この週末は、雪予報。
もし降ったら初雪だ。
稲穂山公園の秩父紅が見ごろだった。

午前中、稲穂山公園で山林作業。
午後は、知人宅へ枯れ木をもらいに行ったのち、畑で農作業。
にんにくと玉ねぎに追肥。これで各二回目。
今朝はひどく冷え込んだが、明日以降は多少ましになる予報である。
そろそろは畑仕事が忙しくなりそうだ。
写真は、ミツモチで摘んできたガマズミの酒。この赤が大好きなのだ。

朝から稲穂山公園で山林作業。
もらってきた薪を軽トラからおろしたあと、畑に行って、じゃがいも予定地の耕うん。
もう少し耕したほうがよさそうだ。
大麦を蒸し始めた。
写真は、畑の裏山から望む両神山。

米味噌の仕込み。
大豆はこの秋、収穫皆無だっだのだが、ストックしてあったのを使った。
ひと仕事できてよかった。
荒川水系渓流保存会の総会。
いつもながら、学びの多い会合だった。
写真は、一本杉峠のアラカシ大木。
ヒコバエっぽいのは間違いなくアラカシなのだが、太い幹の先の葉がよく見えなかった。
でもたぶん、アラカシ。

午後から、稲穂山公園で山林作業。
ナラ枯れ対策のため、ほぼ毎日、木を伐らなければならないとのことなので、時間があれば作業に行く。
麹ができたので、明日あたり、味噌を仕込む。
今年の白菜はうまくいったため、たぶん30株ほどできた。
知り合いにあげたりしても食べ切れないかと思っていたのだが、最後まで消費できそうだ。
残り白菜をすべて漬けた。
写真は、一本杉峠の大杉。
この根がすごい。
この杉を二本としてカウントすると、さほどの巨杉ではなくなるが、一本と考えれば、ずいぶんでかい。
明治17年11月1日の深夜、秩父困民党の一隊がここを越えたという史料がある。

今日も、小鹿神社から裏の山へ。
季節風は、相変わらずだ。
鉢久保峠(仮称)から団子坂峠まで、尾根を歩いた。
秋葉神社からは、大展望が広がった。

昨夜来の暴風は今日も終日、吹きやまず、朝の気温は氷点下3度くらいで、さほど低くなかったが、体感温度はほぼ一日、氷点下だった。
昨日、ヤマアカガエルの初鳴きを聞いたが、今日はさすがにだんまりだった。
畑に軽トラをおいたまま、小鹿神社付近の尾根を徘徊。
標高差は100メートルもないのだが、不審な踏みあとかあちこちにあって、なかなか奥の深い尾根だった。
ここにはまた、来なければならない。
畑で草をむしったが、ひどい水不足で、潅水もままならない。
統計を見ると、12月からここまで、12.5ミリしか降っておらず、今月いっぱい、降る気配はない。
アスパラの種まき。
枯れ木を切って薪作り少々。
写真は、小鹿神社。
とても立派に見えるのだが、以前からこんなだっただろうか。

今日も朝から山仕事。
午後、もらってきた薪積み。
疲れたため、途中でやめた。
ホオズキの種まき。
写真は、湯の花トンネル・上り線側。
機銃掃射の惨劇の現場だ。


疲労困憊して昨日、積みきれなかった薪積み。
崩壊しないよう慎重に積んだが、またやらかすかも。
薪作り少々。
チェンソー刃研ぎ。
午後になって季節風が訪れた。
と思えば、気温が急降下。
と思えば、風花が舞う。
ピーマンの種をまいたが、タイミングが悪かったかも。
ストーブに火を入れて、メギのリキュールをなめる。
昨秋、矢板のミツモチで摘んできたやつ。
コトリトマラズの別名のとおり、トゲだらけなので、たくさん実っていても摘むのは面倒だ。
かすかな甘味と強い薬臭。

朝から稲穂山公園で山林作業。
薪をもらってきたのだが、数日前に薪棚の薪が崩壊した。
これを積み直し、もらってきた薪を積んでいたら、疲れがどっと出て、薪積みは途中で終了。
稲穂山公園の福寿草が咲き始めた。

朝から稲穂山公園で山林作業。
今日はひたすら玉切り。
午後は農作業。
草むしり。耕うん。夏野菜あとの片づけなど。
チェンソーの目立てをして一日が終わった。
昨日、高尾駅に着いてからバスが出るまでやや時間があったので、高尾駅ホームで史跡めぐりした。
2番ホーム(東京行き乗車ホーム)の鉄柱2本に、機銃掃射の弾痕が残されている。
艦載機(空母から発着する軍用機)によるとも言われるが、南関東なら、1945年3月に占領された硫黄島から戦闘機が往復できたから、艦載機とは限らない。
1センチほどもある鉄骨がぶち抜かれているから、かなりの威力である。

4度目の高尾山。
いろはの森コースを登るつもりだったが、蛇滝口でバスを降りた。
まずは、湯の花トンネル戦災犠牲者の慰霊碑へ。
1945年8月5日のお昼時、P51戦闘機が高尾山上空から蛇滝のある行ノ沢へ急降下し、ここにさしかかった東京発長野行きの普通列車に襲いかかった。運転士は急ブレーキをかけ、機関車と一両目および二両目の半分がトンネルに入ったところで列車は停止。二両目後半から八両目までが、P51のえじきとなった。窓から乗り込むほどの混雑だった車内は、生き地獄と化し、50人ほどが亡くなった。
遺体は近くの民家の庭に並べられたが、傷みが激しく、ウジが湧いて凄惨な状態だったため、やや上流の日影沢(現在のいろはの森コース下部)で焼かれたが、燃料が十分もらえず、燃やせた遺骨の一部だけ集めて、あとはそのまま埋めたという。
慰霊碑の後ろに建てられた新しい石碑には、判明した犠牲者の名前が彫られている。もっとも若いのは、五歳の中田智和くんだ。あと10日生きてれば、戦争は終わった。銃弾が今少し逸れていれば、いまでも存命だったかもしれない。
彼以外にも、若い男女が何人も犠牲になっていた。おれは、犠牲者の子どもくらいの年齢なんだが、いま勤めから解放され、申し訳ないことに、毎週のように山に登って遊んでいる。絶対に忘れませんからと心で呟いて、山頂に向かった。
快晴無風、青空と白い富士がすばらしかった。

チェンソーが復活したので、午後から山仕事。
当初は調子よかったのだが、しばらくするとまたエンジンが止まるようになった。
全く動かないわけではないので、だましだまし使ったが、これではダメなので、自分でもう少しいじってみる。
薪ときのこ木をもらってきた。
生の薪をもらうのは久しぶり。

チェンソーが帰ってきた。
これがないとたいへん困るので、助かった。
畑の豆類に潅水。
ずいぶん枯れたが、まだ生きてるのも多い。
とにかく雨・雪が降らないので、作物たちはたいへん苦しい。
小鹿野町の巣掛峠を吉田町側から歩いてみた。
今は歩く人などいないはずだが、道形はまだしっかり残っている。
ただ、峠に石造物の一つもないのが不審だ。
街から峠道への分岐と思しき地点にも、なにもない。

昨日の朝の気温が氷点下6.8度で、ずいぶん下がった。
ここ数日、氷点下5度以下だったので、けっこうダメージになった。
低気温のため、足の霜焼けが悪化。
ただ腫れてるだけなので、ごく軽症なのだが、今どき霜焼けとは、なかなか珍しいのではなかろうか。
だいたい2月10日を過ぎるくらいから気温が少し上がってき(そのかわり雪が降るようになる)、春に向かっていくので、酷寒にも先が見えてきたか。
今日も稲穂山公園で山林作業。
急いで帰宅してオンライン会議。
明治憲法は夏島で起草されたとよく書かれているが、金沢八景の料亭東屋で作業が始まったが、泥棒が入ったりしたため、夏島にあった伊藤の別荘(野島の別邸とは別)に場所を移して憲法を書き上げたらしい。
そんなわけで夏島にも、明治憲法起草記念碑が建てられている。
伊東別荘はこの碑の場所でなく、今は日産追浜工場の敷地内になってるらしく、この碑は道路っぱたに建っている。
国民には内容を一切知らせず、4人だけで考え、ある日突如として発表されたのが明治憲法なのに、そっちは自主憲法で、国民の代表が国会で審議し、多数決によって採択された日本国憲法を押し付け憲法だと主張する人の論理構造は、一体どうなっているのか。

朝から稲穂山公園で、山林作業。
チェンソー入院中のため、鉈と鋸で作業。
畑仕事少々。
軽トラの定期点検・通院など。用足しがはかどった。
昨秋は白菜もよくできたので、煮たり漬けたりしてよく食べた。
桃屋のキムチの素でやってたのだが、イマイチなので、うちの畑では作れない韓国唐辛子を使って、ちゃんとしたのを作ってみた。
桃屋さんには悪いが、やっぱりコッチのほうが美味しい。
めちゃくちゃ本格的にやってるわけでないので、手間もそれほどかからなかった。

玉切っておいた枯れ木1.4立米をすべて割った。
乾燥棚ほぼ二段分。
それはいいが、チェンソー不調のため、販売店に入院となった。
重症ではないので、一週間程度はチェンソーが使えない。
チェンソーがないとけっこう不便だ。
写真は、仙元山から見た江ノ島。
左側は富士山下部。

朝から稲穂山公園で山林作業。
午後は畑の資材棚を修理。
もらってきた枯れ木を玉切り。
午後から季節風が吹き始め、気温が下がった。
風花が飛んできたが、積もるほどではない。
写真は、仙元山のシラカシ。
1月29日の個体ほど太くないが、迫力は負けていない。

日曜日は結局、みぞれのような天気だったのだが、ほとんど降らなかった。
今日は曇り。
薪作り少々。
畑の資材棚用のコンパネ加工。
これは二子山下山道で見たアカガシ。

朝から稲穂山公園で山林作業。
午後はその足で農作業。
大量の草むしり。
にんにくと玉ねぎに追肥。
チェンソーを研いだら真っ暗になった。
ストーブ不調のため昼飯抜きだったので、ひどく疲れた。
明日の南岸低気圧で、雪であれ雨であれ、どれだけ降ってくれるだろうか。
写真は、ソッカ山頂に生えてた株立ち。
たぶんタブノキ。