2025年1月アーカイブ

憲法草創の處

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憲法草創の處


 終日、薪作りと農作業。

 もらってきた枯れ木をすべて玉切った。
 あとはマサカリで叩き割るだけだ。

 エンサイ跡地とつくね芋跡地を耕うん。
 ここは今年、トマト・四角豆を作る予定。

 仙元山から下山後、金沢八景を散歩した。

 まずは、料亭東屋(あずまや)あと。
 伊藤博文・伊東巳代治・金子堅太郎・井上毅の四名が明治憲法起草の集団作業を行った場所である。
 伊藤らは昼間はここで憲法起草作業をおこない、夜にはおそらく何人ものオネエサンを呼んで、酒食にふけったのだろう。

 写真は、近くにあった、金子堅太郎が揮毫したという石碑。

ビャクシン

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ビャクシン


 強烈な季節風が吹いて、寒い一日。
 朝は氷点下5度くらいだったが、風があるとワンランク寒くなる。

 終日、薪作り。
 チェンソーの調子が今ひとつなのと、斧の具合がよくないので、さほどはかどらなかった。

 畑の資材棚を修理。

 書き物少々。

 写真は、仙元山ピークのビャクシン。
 自分にとってはかなり珍しい木なのだが、これは自生なんだろうか。

シラカシ

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シラカシ


 朝から薪作り。

 軽トラに積んだまま枯れ木を下ろさなければ軽トラが使えず、どこにも行けない。
 自宅駐車スペースに枯れ木が山のようになってるから、切って割って積まないと、枯れ木を下ろすこともできない。
 そんなわけでしばらくの間、玉切りと薪割りをしなければならない。

 畑・資材置き場の棚がダメなので、コンパネを買ってきて、少し加工。
 草が伸びない冬の間にしか、こんな作業はできない。

 薪割りに使ってるマサカリ(フルタホッシュ)が傷んできた。
 これがないと生活が成り立たないので、買い替えるかどうか、考え中。

 写真は、仙元山で見たシラカシ大木。

タイワンリス

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タイワンリス


 午前中、チェンソー刃研ぎ。
 午後から稲穂山公園(旧ムクゲ公園)で山林作業。

 昨日はただ歩いただけなのに、全身筋肉痛。

 枯れ木をもらってきた。
 日没後、チェンソー刃研ぎ。

 写真は、湘南から横浜一帯に蔓延しているタイワンリス。

仙元山

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仙元山


 逗子(神奈川県)の仙元山へ。
 ホンモノの仙元山(富士)はあいにく雲に隠れて見えなかったが、街なかのハイキングコースなのに、ここも照葉樹原生林だ。
 奥武蔵あたりよりずっと自然度が高く、見ごたえがありすぎて、ちっとも足が進まず、標高200メートルに満たない小さな山一つ登るのに、一日かかった。

 これは、スダジイとヤマザクラ。

高来神社

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高来神社


 朝から山林作業。
 その後、畑作業。

 あいたところを耕うん。
 なにか植えるわけではないが、土に空気を入れた。

 帰宅後、枯れ木の玉切り。
 昨日の玉は伐り終わったが、チェンソー目立てまではできなかった。

 写真は、大磯町の高来神社。
 高句麗から来た人々がこの地へ根を下ろしたので、旧名を高麗神社という。
 高麗神社がなぜ高来神社になったのか、詳細はよくわからない。

 神社の由来はケッサクで、神武天皇のときに創建とされる。
 祭神はカミムスビやニニギほか。

 滅亡した朝鮮王朝の一族が列島に亡命したというストーリーができている気がするが、肯定も否定もできる材料がない。
 それにしても、高句麗滅亡が668年というのは事実だろうから、高句麗から渡来した人々が祀ったのが、妄想というか、政治的創作の産物である神代の登場人物というのは、完全に支離滅裂だ。

 もう少しそれらしい由来を考えたほうがよかろう。

枯れ木

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枯れ木


 午前中、旧ムクゲ公園で山林作業。

 玉切りばかりやったのだが、おれのテキトウなチェンソー研ぎでは、実質一時間くらいしか持たない。
 この次からは研ぎ道具を山に持っていかなければ。

 軽トラ一杯分の枯れ木をいただいてきたので、日没まで玉切り。
 チェンソーのメンテが終わったら、寒くなった。

 コジュケイ初鳴き。

ケヤ玉

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ケヤ玉


 午前中、旧ムクゲ公園で山林作業。
 終わってから、神社の仕事少々。

 剪定した梅の枝の玉切り。
 チェンソーの目立て。

 ケヤキの80センチ玉をいただいてきた。
 ヒラタケを作ろうと思っていたのだが、湘南でとってきたヒラタケは、白こぶ病のでたきのこが多かった。
 これは防ぎようがないので、ヒラタケ以外のきのこにしようかと思案中。

新薪棚

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新薪棚


 部落の守り神の稲荷様の遷宮祭。
 お参りしやすいところに移ってもらってよかった。

 午後から吹上町に行って、研究会。
 北武蔵における、戦国時代の階級関係について報告した。
 まだ十分こなれていないのだが、在地土豪と彼らの周辺にいた民衆(細かく階層あり)を一体的に把握したいと思っている。
 もっと史料を読まなければダメだ。

 薪作り少々。
 薪の移動少々。

 手の届きやすいところに作った新薪棚。

 薪は割ってからしばらく乾燥しなければならない。
 庭から少し離れたところの薪棚に積んで乾燥させた薪を新薪棚へ移動する。

 ここには全部で四段積める。
 真ん中の空いたところは、将来買うかもしれない、薪割り機の車庫。

 Runの日。

大仙古墳

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大仙古墳


 大仙古墳をひと回りした。
 スケールの大きな古墳で、大王陵ではないかと言われている。

 駅周辺の案内板だけでなく、堺市博物館でも、「仁徳天皇陵古墳」と記されていたが、不正確だ。
 古墳が作られた時代に、「仁徳天皇」という人は存在しない。
 そもそも「天皇」が存在しない。

 列島にはこの古墳が作られたころ、有力首長による連合政権が存在し、その盟主が「大王」だった。
 博物館は学ぶところ多い、立派なものだったが、アメリカの博物館に所蔵されている大仙古墳のものとされる出土品については、ひと言の言及もなかった。
 「天皇陵」だという理由で考古学者の調査を拒んでいるから、なおのこと、正体不明なのだが。

雲かかる富士

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富士


 朝から旧ムクゲ公園で山林作業。
 朝は相変わらず寒く感じたが、昼近くにはいくらか暖かくなった。

 枯れ木をもらってきたので、帰宅後、薪作り少々。
 そこそこ疲れたので、少々なのだが、これ以上働くのはムリ。

 チェンソー刃を研いで日没。

 残ったヒラタケをまた煮ている。
 白こぶ病のきのこは捨ててるので、ずいぶん減った。

 写真は、高麗山から見た富士。
 山頂部に雲がかかってるだけじゃん、と思われるかもしれないが、これは山頂部に西からのひどい暴風が吹いているということである。
 この状態の富士に登ってる人がいたら、ほぼ遭難する(滑落する)と思う。

ヒラタケ煮物

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ヒラタケ煮物


 今朝は室温が2度を切り、室内でもほぼ冷蔵庫の中にいる状態で、体の芯まで凍ってる感じだった。
 アメダスを見ると、7時の気温がマイナス6.6度と出ている。

 朝から旧ムクゲ公園で山林作業。
 山から降りてその足で、秩父市内に行き、秩父事件の研究会。

 さすがに疲れた。

 山でとったきのこをこんにゃくと煮た。

相模湾

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相模湾


 昨日から季節風が吹きまくっていて、山鳴りがしている。
 午後になって5度くらいしかないから、陽射しはあっても、ひどく寒く感じる。

 仕事でなければ家を出たくない。

 山崎豊子『花のれん』を読む。
 昭和初めごろの大阪言葉の美しさに、うっとりする。

 写真は、高麗山から望む相模湾と三浦半島。
 海沿いにエボシラインが走る。

 そういえば、JR茅ヶ崎駅の発車のチャイムは「希望の轍」のイントロで、少しテンション上がった。

高麗山

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ヒラタケ


 湘南(神奈川県大磯町)の高麗山へ。
 県天然記念物の自然林で、落葉樹と照葉樹が混生した、いい林だった。

 主に照葉樹をしげしげ見ながら歩いたので、歩程がちっとも進まなかった。
 加えて、霜降りヒラタケが大群生していたので、ザックを下ろして、のんびりきのこ狩りした。
 ただでさえ重いザックが、一段と重くなってしまったが、この山はとても面白いので、また来てみたい。

野沢菜

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野沢菜


 薪の移動。
 畑に行って、残っている野沢菜の収穫。
 葉先が霜げ、蕪がずいぶんでかくなってしまったが、まだ食べられそうな感じなので、三度目の漬け込み。

能勢ケーブル

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能勢ケーブル


 雨はそこそこ降ったので、畑は一息つけた。

 朝から昼まで、山林作業。

 午後は薪つくり少々。
 薪の移動。
 チェンソー刃研ぎで日が暮れた。

 能勢妙見さんのケーブルカーは、一年前まで稼働していた。
 ケーブル好きなので、乗りたかったが、結局乗れず。

 黒川駅にとまっている車両はピカピカで、すぐにでも動かせそうだった。

狭山藩

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本願寺堺別院


 各種用足し。
 予定している研究報告を二本、夜なべで仕上げたので、眠い。

 今夜は雨予報なので、期待が高い。
 ただ、この低気圧は二つ玉なので、行ったあとは再び冬型で、寒気がひどそうだ。

 観光スポットではないのだが、堺市に本願寺堺別院というお寺がある。
 都会のど真ん中なので、案内図みたいなものがないと手も足も出ないのだが、スマホがあるので問題なくみつけることができた。

 1590年の小田原征伐で本家が崩壊し、鉢形城も落ちたのだが、北条氏は断絶したわけではなく、北条氏規(氏政の弟・氏邦の兄)や氏直(氏政の子で小田原城主)は生きながらえた。
 氏規の子孫は狭山に領地を与えられ、北条氏は一万一千石の外様大名として、江戸時代も存続した。  弱小大名ゆえ、城郭を構えることはできず、陣屋で領地を治めたが、幕末には財政が破綻し、維新直後に崩壊した。

 狭山藩陣屋の北表門が、このお寺の御成門として移築されている。
 北条氏関係の建築物で現存するのは、たぶんこれだけだ。

 お寺にも門にも、北条氏に関する説明は何もなく、扉の金具もとれかけていた。
 関東の覇者だった先祖が見れば、思うところも多かっただろう。

ゆず皮

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ゆず皮


 朝の気温は公式発表で氷点下6.4度と、本格的な冬の到来を感じさせた。

 朝から旧ムクゲ公園で山林作業。

 午後はたくあんの処理。
 隣組の会計報告作りなど。
 けっこう忙しい。

 ゆず皮を煮た。

国鉄分割民営化とは

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切符


 朝から旧ムクゲ公園で山林作業。
 午後は書き物。

 写真は、下曽我駅駅で買った切符。
 ここではスイカやパスモは使えないので、紙の切符を買ってくださいと・・。

 東飯能までくださいというと、東飯能? それって何線ですか? と聞き返され、八高線ですよと言ったら、路線図を出して調べてくれて、ようやく切符が買えた。
 ICカードを持ってるのになんでこんなことをしなきゃならないのかのかというと、御殿場線はジェーアール東海会社で、東海道線はジェーアール東日本会社という別会社だから、それぞれ別のICカードが必要だから。

 乗り換え駅の国府津駅は、同じ旧国鉄のため、ホームが別々になってるわけではない。
 そのままぼんやり東海道線に乗り換えると、降車駅の東飯能で「どこから東日本会社の電車に乗ったか」の記録がなく、その証明に苦慮しなければならない。
 さらに東飯能が無人駅だった場合(無人じゃないことは知ってるが終日有人かどうかは知らない)、清算手続きができないため進退窮まってしまう。

曽我丘陵

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真鶴半島


 湘南の曽我丘陵を散歩。

 箱根・富士に雲がかかっていて、展望は今ひとつだった。
 南側は多少ましで、真鶴半島や伊豆半島を望むことができた。

キウイジャム

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キウイジャム


 午後から農作業。

 草むしりと冬越し野菜たちへの潅水。
 11月28日以来、総雨量が0.5ミリ。
 絶望的に厳しい状況で、この先も降る気配はない。

 見よう見まねでキウイのジャム。
 たくさんあるゆずとミックスした。

妙見さん

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妙見さん


 午前中、集落の新年会。

 少し休んで、書き物少々。
 薪の移動少々。

 写真は能勢の妙見さん本殿。

2026年5月

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