午前中、旧ムクゲ公園で山林作業。
午後はそのまま寄居町へ。
中央大学の岩田重則教授の『そこに「お墓」があるということ』と題する講演を聞いた。
「お墓」の意味に関する興味深い考察だった。
午前中、旧ムクゲ公園で山林作業。
午後はそのまま寄居町へ。
中央大学の岩田重則教授の『そこに「お墓」があるということ』と題する講演を聞いた。
「お墓」の意味に関する興味深い考察だった。

乗用車のタイヤ交換。
というか、スタッドレスタイヤ購入。
とても高価で心が重いが、とりあえず約四ヶ月の安心を買うと思えば、高いとは言えない。
薪作り少々。
写真は、大洞山で見たホテイシメジ。
美味しいが、飲む人だけアタるきのこなので、おれには用なし。
きのこの季節はもう終わり。

道路状況がそろそろ危なくなってきたので、軽トラのタイヤ交換。
鎮守の氏子からの歳神様などの申込みを集計して、秩父神社へ持参。
集計に使ってるエクセル互換ソフトだが、そもそも関数を理解しないで使ってるため、けっこう苦戦した。
ごま洗い終了。
今年は二升強ほどとれた。
まだしばらく干したい。

朝から旧ムクゲ公園で山林作業。
仕事が終わってから自宅へすっ飛んで帰り、インスタントラーメンを食ってすぐに秩父駅へ。
二ヶ月に一度、吹上町でやっている社会科の研究会に出席した。
退職してからようやく、こんな研究会に参加する時間ができるというのもおかしなことだ。
熊谷市内のとある地蔵石仏をめぐる研究報告を拝聴した。
とても興味深かった。
研究会が終わるのは午後八時過ぎなのだが、自宅に帰るのは深夜十二時ころになった。
大根ができたので、バラ大根。今年も、戸隠辛味大根。

薪作りしてから畑仕事。
自宅で生きていたいちご苗の植えつけ。
ひよこ豆・レンズ豆の防寒。といっても、網をかけただけ。
大角豆の片づけ。
大角豆はさやにはなったが、種実はほとんどとれなかった。
種蒔き時期が間違っていたのかも。
買った味噌がなくなったので、一年前に仕込んだ味噌を開けてみた。
悲惨なことになっている可能性もあるので、味噌開けには勇気が必要だ。
うれしいことに出来はまずまず。
やや塩分が強い感じだが、風味はよい。

朝から旧ムクゲ公園で山林作業。
ほぼ下草刈り。
作業後、知人宅に行って枯れ木をいただいて帰宅。
薪作り少々。
さすがに疲れた。
写真は、大洞山から望んた鹿島槍。
定点観測の鹿島槍だが、もう真っ白になった。
大洞山は、道標なし、登山道なし、展望地なし。ヤブあり。
雑木林の小(show)Windowから北アルプスがチラチラ見えるので、西側が気になって仕方がなかった。

各種農作業。
えんどう豆とアスパラ苗の植えつけ。
ピーマンと秋野菜の取り入れ。
ごま洗い。
これも針ノ木・蓮華。
四賀村・大洞山から望む。

焚付・薪作り少々。
里芋掘り終了。
最高気温が7.8度と寒かったので、ずっと火を燃していた。
写真は、岩州公園から見た針ノ木岳・蓮華岳。

朝から旧ムクゲ公園で山仕事。
斜面のササ刈り。
畑に行って潅水。
帰宅後、薪作り少々。
身体をけっこう酷使した一日。
写真は、岩州公園の神楽殿を裏から見たところ。
現在は使われていなそうな感じ。
材がたわんでいるように見えるが、そうではなく、最初から曲がった材を使って建てている。
こんな材しかなかったんじゃなくて、こんな材でも立派な建物が建てられるという、大工さんの自慢顔が浮かぶ。

鎮守の会計処理終わり。
昨夜から季節風が吹き始めた。
厳冬期にはこれが毎日続くのだが、今シーズンはこれが初めてだった。
おかげで、せっかく植え替えたいちごのマルチが吹っ飛んだ。
これを修復するのに1時間くらいかかった。
ごまを洗い始め。
全部一気にやったほうがいいかもしれないが、とりあえず、少しずつ洗う。
写真は、岩州公園の尾根で見たソヨゴの実。
どういうわけか、信州の里山に多い。

朝から昼前まで鎮守の感謝祭。
神社関係の会計等処理してから、畑へ。
夕方、畑に行って潅水など。
写真は、岩州公園界隈にある虚空蔵堂。
これを見つけるのに1時間ほど、登り降りした。
薬師堂も見たかったが、時間切れ。

いちごにかまけて休んでいた里芋掘りを再開。
ようやく半分ほど、掘り上げた。
これだけあれば、年明けまでもつだろう。
帰宅後、薪の移動。

いちごの植え替え終了。
丸三日かかった。これから寒くなるが、なんとか根づいてほしい。
鎮守の祭礼(新嘗祭)準備で、根詰め仕事。
里芋ができたのでムキタケと煮た。

ほぼ終日、農作業。
いちごの植え替えだけで一日かかったが、まだ終わらない。
岩州公園の頂稜は松茸山で、きのこを採ったら罰金の表示あり。
罰金は1万円から3万円、10万円とバリエーションあり。
尾根のきのこはもう終わり。ほとんど何も出ていなかった、
一方、登山口近くの小沢の倒木に、ムキタケ大発生。
ここはきのこ山じゃないので、たくさんいただいて、ヨロヨロと下山した。

生坂村と明科町境界の岩州公園へ。
踏みあとも道標もあるが、あまりあてにできない。
岩場を構えた山で、イロイロ由緒のある岩も多いが、道をロストすると進退窮まる。
大展望地はないが、樹間から北アルプス・光城山・戸谷峰・上田市境の山など、山座同定の楽しみは多い。
爺・鹿島槍の雪は溶けたようだ。

自宅の草むしりと薪作り少々。
いちごの植え替え少々。
このところ忙しくて行けなかった通院。
写真は、浅間隠から東の展望。

昨日は、秩父事件140周年シンポジウムのため、ほぼ終日、動いていた。
さすがにひどく疲れた。
午前中は、秩父事件関係の書き物。
午後から夕方まで農作業。
里芋掘りの続き。
真夏にかなり枯れたいちご苗の植え替え始め。
これもなかなか目新しい眺め。
浅間隠から、彼方に立山連峰が見えている。

里芋掘り始め。
並作ないしやや不作といったところ。
草むしりと土寄せが遅れたのが原因。
午後はずっと、秩父事件関係業務。
写真左の雪山は、劔岳。
後立山が障壁になって、たぶん長野県からは見えない。
鹿島槍よりもっと高い山があるなんて ! と驚いた。

倉渕村の浅間隠へ。
なんと33年ぶりに登った。
1991年に来たときはガスガスで、何も見えなかったが、今回は快晴。
備忘のための見えた山メモだ。浅間山・立山・後立山(爺から唐松あたりまで)と剣。
志賀高原の山・白砂山・苗場山。谷川連峰は雲あり。
至仏山・燧ヶ岳・武尊山は並んでいる。
近いところで、赤城山・榛名山・鼻曲山一帯。
冨士山が見えてると言ってる人もいた。
写真は浅間山。

朝から農作業。
季節風が吹き始めたので、冬越し野菜のマルチに重し乗せ。
ウドの片づけ。
アスパラ苗の植えつけ。12本。
自動車の使用準備。
秩父事件関係業務。
写真は、先月末の白馬岳界隈。
まだ白くなっていないが、昨日来の冬型で冠雪しただろう。

朝から自動車の交換。
車検に間に合ってよかった。
市内で、秩父事件関係業務。
畑に行ってアスパラ植えつけ準備。
あと10本くらい植える場所を作った。
Runの日。
夜なべに、秩父事件関係業務。
写真は、聖山からの展望。北を見たところ。
左から戸隠、妙高、黒姫、飯縄とぜんぶ見える。
信玄と謙信が争った舞台だ。

朝から秩父市へ出かけて、秩父事件140周年関係の作業。
その後、畑で玉ねぎ苗の植えつけ。
170本くらい植えたが、不良苗もあるので、順調に行ったとしても、モノになるのは140くらいか。
霜が降りると、大根葉の縁が枯れて、食べる気にならなくなるのだが、今の時期は新鮮なので、捨てるのはもったいない。

玉ねぎ予定地・アスパラ予定地を耕うん。
玉ねぎは、たくさん種まきしたのだが、苗は思ったほどできなかった。
昨日から、クサギカメムシが室内を飛び回っている。
まぁまぁ暖かいし、家では火を燃しているから、屋内にもぐり込んだカメムシたちがまた屋外に出ようとしているのだろう。
しかし不愉快なので、この二日間で150くらい駆除した。
ハイイロシメジのピクルスが漬かった。

朝からクルマの掃除。
自宅周辺の草むしり。
バックアップ用に、えんどう豆をビニールポットに種まき。
ごまの調整。
畑に行って野沢菜の収穫。
聖山登山道入口近くの駐車スペースに、でっかい石碑があったのでなんだろうとよく見ると、「陸上自衛隊の偉業を讃えて 流汗淋漓峻険を征す 田中角栄」と刻まれていた。
陸上自衛隊がたいへんな苦労の末、険しい山に道路か何かを作ったという意味なんだろうが、ここは聖山山麓の別荘地で、陸上自衛隊が苦難の工事をしなければならないような場所ではない。
意味はよくわからないのだが、田中角栄さんの字はとても端正で、気持ちのよい筆致。
肩書がないのも感じがよい。

共著。最新刊。
11月10日に秩父市内で行われる秩父事件140周年シンポジウムで、パネラーやります。

秩父事件140周年事業のもろもろ準備。
10日まではたぶん、そんな感じ。
ハイイロシメジは近年、毒きのこといわれるようになったが、このきのこに関して、おれは気にしていない。
ただし、食べ方にいくらかコツがいる。
加熱すると不快な臭気を発するから、洗ってそのままうどんに入れたりしたら、食えたものでない。
この不快臭は、茹でこぼしてお湯を捨てればだいたい解消する。
念のため、強めに味つけすれば問題ない。
というわけで、ハイイロシメジとひじきの煮物。
まぁまぁ美味しい。
もちろん、アタらない。

朝から農作業。
レンズ豆小苗の植えつけ。
苗の植えつけはこれで終わり。
ごまの収穫。これで最終。
ごまの支柱を片づけ。
薪作り少々。
聖山の頂稜は、ブナ・ミズナラを中心とする、雑木の二次林だった。
虚空蔵山でも見たが、ハイイロシメジが一面に発生していて、なかなかみごとだった。