映画を見に、渋谷へ。
代島治彦『ゲバルトの杜』。
1972年に早稲田大学第一文学部(一文)でおきた、革マル派自治会役員による、川口大三郎さん(当時二年生)虐殺事件を掘り下げようとした作品。
肥田毅さんの『彼は早稲田で死んだ』を原案としている。
学生運動を社会現象として捉えようとする軽薄な作品なら、見る価値はないと思っていたが、肥田さんの本はそのようなものではない。
彼は、革マル自治会がリコールされたあとで成立した一文臨時自治会の執行委員長として、運動のど真ん中にいた方である。
川口さんに対するリンチ場面が役者さんや公募により選ばれた学生さんによって再現されていたが、とても見ていられなかった。
リンチを行った一文自治会(革マル派)の田中委員長が川口さん追悼集会で自分たちの行為を懸命に正当化する映像を初めて見た。よくこんな映像が残っていたものと思う。
学生の通報により、虐殺当日、現場である127・128番教室に出向きなから、リンチの真っ最中であったにも関わらず「異常なし」と判断した学生担当教授が「自分たちは異常なしと判断したのだから自分たちに責任はない」と居直る映像も初見。怒りがこみ上げる。
証言者として、川口さんのクラスメートなど、何人かの人々が登場する。
「証言」を聞いて憤りを感じた方が二人いた。
ひとりは佐藤優さんで、佐藤さんは「当時の革マル派にとって川口さんは中核派活動家に思えただろう」と述べられた。
他の多くの証言者が川口さんは中核派ではなかったと明言している(川口さんと接点があった中核派のもと活動家の方もそう言っている)のを、佐藤さんは否定されているわけではない。
当時の革マル派が、仲間を中核派に虐殺されたことに対する報復感情を募らせていたとしても、川口さんを殺したことを一ミリたりとも合理化できるものではない。
佐藤さんには、だからどうなんだよ、と言いたくなった。
もう一人の「証言」者は内田樹さんで、内田さんは「状況により、通常ありえないような非違行為や残虐行為を行う、人間の闇とでも言うべき側面がある」と述べられた。
内田さんは、川口さんを教室でリンチしたのは「人間の闇」だったといいたいのか。
佐藤さんも内田さんも、当時の早大一文とはなんの関係もない。世代もずれており、内田さんはひと世代年長で、佐藤さんはひと世代若い。
このお二人を起用した理由が理解できないが、どう見ても失敗だと思われた。
映画の後半は、革マル自治会を早大全学でリコールしたあと、新たな学生自治を建設しようとする闘いが、運動の分裂と革マル派の逆襲によって敗北していった状況についての証言である。
ここの構成は、とてもよくできていた。
肥田さんら、再建自治会の多くは非暴力による学生自治の再建を模索していた。
しかし、黒いヘルメットで防衛的に武装した学生たちは、自衛を含む一定の暴力的行動なしに革マル派を追放することは不可能だと考えていた。
二つのグループにそれぞれ所属していた方々が、当時の自分の立ち位置について、証言されていた。
それぞれ、貴重な証言だと受け止めた。
学生運動も、広義の社会運動の一つである。
社会運動は、一致点に基づく共同行動が原則であり、理念の一致は求めるべきでない。
さまざまな市民運動・平和運動・組合運動もしかりである。
政党やセクトの引き回しにより、日本の社会運動がどれだけ分裂・社会的孤立にに追い込まれたか。
近代社会運動史は、分裂の歴史だとも言える。
「連帯を求めて孤立を恐れず」という有名な落書きがある。
孤立を恐れないのはけっこうだが、それが独善でないか、自分の胸に手を当てて、よく考えてみるべきだ。
上映が終わってから周りを見回すと、観客はほとんどが高齢者で、しかもほぼ自分と同世代の方々だった。
この中に多分、昔の知人がいるのだろうなと思いつつ、うつむきながら会場を出た。
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