
午前中、森林作業。
椎茸用原木と薪少々をいただいてきた。
じつはこれから、新しい薪棚を作らなければならない。
新本棚用の板刻み。途中まで。
チェンソーの刃研ぎ。
写真は、龍王山で羽を乾かすヒオドシチョウ。
気温が上がったため、クサギカメムシとフタホシテントウが家中で飛び始めた。

午前中、森林作業。
椎茸用原木と薪少々をいただいてきた。
じつはこれから、新しい薪棚を作らなければならない。
新本棚用の板刻み。途中まで。
チェンソーの刃研ぎ。
写真は、龍王山で羽を乾かすヒオドシチョウ。
気温が上がったため、クサギカメムシとフタホシテントウが家中で飛び始めた。

朝から夕方まで、森林作業。
山を下りてから農作業。
ナス・ピーマン予定地と里芋予定地の耕うん。
さすがに疲労困憊したが、明日も山仕事なので、チェンソーの刃は研いだ。
写真は、富岡で見たオキナグサ。

雨がやんだ午後から、各種用足し。
新しい書棚を作る必要がでてきたので、木材の購入。
近所にある製材所で、小売もしてくれるので、とても助かる。
自動車のタイヤ交換。
これはディーラーさんにやってもらう。
畑のそら豆の剪定続き。
そら豆の剪定は終わったので、里芋に取りかかりたい。
チェンソーの刃研ぎ。
写真は、富岡一ノ宮の光明院。
明治17年当時、光明院の住職は小林安兵衛という人物だった。
小林は茨城県人で自由党員。
弾圧に次ぐ弾圧を受けたこの時期の自由党の中には、実力行使による専制政府打倒以外に道はないと考える人々が生まれていた。
そのような路線を代表していたのが、茨城と群馬の自由党員たちだった。
明治17年3月13日に自由党の春季大会が開かれた。
落合寅市によれば、この大会期間中に党員有志会議が開かれ、武力行使を伴う行動を起こすことが確認されたという。
3月22日に光明院で行われた自由党の集会は、その方針を受けて開催されたはずである。
参加者は北甘楽郡だけでなく西上州一帯から集まったと思われ、この集会は、5月におきた群馬事件の伏線となった。
境内は静かで、きれいに掃き清められていた。

富岡の吾妻山から龍王山へ。
丹生川と鏑川に挟まれたヤセ尾根で、小幡氏の神成城址でもある。
お菊さんをいじめ殺した小幡氏のことを、おれは大嫌いだ。
登山口近くでは、オキナグサがちょうど花盛りだった。
下山後、畑に行って、ビーツの種まき。
そら豆のメンテ。

東京へでたついでに、国立博物館へ。
中尊寺金色堂の諸仏たちが出張しておいでだ。
2018年(栗駒山登山)以来久しぶりに、これらの諸仏と再会した。
日ごろ酷使しているわが眼に、よいものを見せてやれてよかった。

なにかの料金を請求する怪しい封書が来た。
当地は山間部のため、電波が届かないから、受信設備があってもテレビ放送を受信することはできない。
電波を届けることがその会社のサービスなのだから、それができないのなら料金の請求などできるはずがない。
契約してる携帯電話の会社は、中継局を建設して電波を提供してくれているが、そんなことは当たり前で、つながらない電話会社と契約するバカはいない。
お金を払わないのは違法だという手紙が何度も来るから、天気も悪く時間があったので、とりあえず電話をかけてみた。
お金を請求するより、電波を届けることが先決ではないかという説明をしようとしたのだが、話す前に、「放送法第64条により受信料の支払いは義務なんです」と言って一方的に電話を切られた。
最近ホントに詐欺が多い。
こないだも、おれの子供が泥棒をして捕まったからお金を用意しろというメールが来た。
気をつけなくては。

前線が停滞して、菜種梅雨模様になった。
畑にはありがたい雨だが、月が変わるとまた晴れそうな感じ。
しいたけがわずかに出始めたが、もっと降らないと空振りになりそうだ。
月初めにまいたケールは、室内で管理していたのだが、芽が出たところでネズミに食われて全滅した。
腹立たしい。
やむなく、種まき直し。
ブロッコリーの鉢上げ。
写真は、鈴鹿・福王山で見た弁財天。
七福神は、あまりにも太ってるので、好みではない。
しかし、弁財天だけはチャーミングで可愛い。

朝から森林作業。
午後は農作業。
えんどう豆の支柱を補強。
そら豆の剪定。
そら豆の株はなるべく切り捨てて花の数を減らしたほうがよい。
そら豆は二ウネ作ったのだが、片方のウネだけに防寒のため網をかけた。
この冬はラニーニャが終わり、エルニーニョに入った。
エルニーニョの冬は冬越し作物にとって、気温が高いから都合がよい。
網をかけたウネのほうが結果はよかった。
来年は網をかけるに限る。
大量の草むしり。
写真は、伊勢山百庚申。
江戸時代末期から明治にかけての、庚申信仰の存在感は、軽視できない。

朝から雨だったので、山仕事は休んだ。
午後から農作業。
人参とパセリの種まき。
草むしり。
写真は、浅間山の尾根の末端・古嶽山。
好展望の岩峰だが、灌木が伐られていた。
こんなエピソードがあったのかも知れない。
(ハイカーA) やっほー、着いたぞー。
(ハイカーB) いい天気だなー、サイコー。
(ハイカーC) 見晴らしもサイコー。
(ハイカーA) なんだかさぁ、この木、邪魔じゃね ?
(ハイカーB) そうだなー。でもここに生えてるんだもん、仕方ないっしょ。
(ハイカーC) でも邪魔なんだよなー。この木がなければもっと見晴らしいいのに。
数日後、山頂からの見晴らしは、たしかによくなっていた。
自分の身体をあと50センチ横にずらせば、これと同じ景色を見ることができるのに、自分が動くより自分以外を動かしたいのが、人間なんだろう。

朝は氷点下3.9度まで冷え込んだのに、里山は早くも春爛漫。
ここは西上州(群馬県)下仁田の浅間山。
下山後、ほうれん草の種まき。

終日、農作業。
爆風がやまないので何かと不都合だが、天気はよい。
ネギ苗の植えつけ。
この冬のネギは早々に食い尽くしたので、植えつけをやや増やした。
つくねいも予定地の耕うん。
石ころが大量に出土して参った。
チェンソーの刃研ぎ。

二つ玉低気圧が過ぎて、朝から雨降りかつ、雨がやんだあと北西からの爆風。
気温はさほど低くないが、体感温度は寒い。
ピーマンをビニールポットに種まき。
畑に行って、ネギの植え穴掘り。
一年と少し使ったアウトドア用のストーブ・新富士バーナーのストームブレイカーが、綿向山以来、絶不調となった。
点火はできるが、火力が激弱だ。
かなり酷使しているが、調子よかったのに、どうしたことか。
ちょっと話にならないので、修理のためメーカー送り。
写真は、綿向山から望む雨乞岳と鎌ヶ岳。

職場に行ったのち、畑仕事。
春野菜予定地のうね立て。
草むしり。
アスパラ予定地のうね立て。
鈴鹿・綿向山で見た銅像。
このお方はたぶん、役行者なんだろうが、イケメンすぎてチト違和感あり。

関東地方の古い商家は多く、近江八幡か日野の出身である。
秩父郡内唯一の老舗百貨店も、日野商人だった。
資本も持たない小さな町の商人のネットワークが、東日本一帯に広がっていたのは驚異的なことだ。
日野小学校の校庭には、身体一つで見知らぬ村へ旅立つ先人の銅像があった。

じゃがいもの植えつけ終了。グランドペチカ・十勝こがね・北紫・ノーザンルビー。
グランドペチカは芽が出やすいので、来年はやめようかと思う。
去年あたりよりたくさん植えたような気がするが、消耗したヒネ芋が多いのでそれほど収穫できない予感。
午後から吹上町でちょっとした会合。
帰りがずいぶん遅くなった。
写真は、旧上日野村・馬渡戸(まつば)耕地にある、新勝流枝切術の碑。
列島の風土に適した仕事の一部である造林技術も、伝統と試行錯誤のたまものである。
枝打ち技術も枝打ち道具も消えていくとしたら、あとになにが残るのだろう。

最終講義が終わった。44年勤めた。今はゆっくり眠りたい。
明日は目覚ましをかけない。
角田山の雪割草を、自分で自分のご褒美に。
『赤旗』による事実に基づかない批判に対し、反論を申し出た中北浩爾教授に対し、小池晃さんは、「一般新聞とは全く異なる政党機関紙(赤旗)を同列に置いて反論掲載を求めるという議論は成り立たない」と述べて反論掲載を拒否した。
1973年にサンケイ新聞紙上で批判されたとき、共産党は同スペース分の反論を求めて提訴した。その時共産党は、反論権を前面に立てて戦った(敗訴したが)と記憶する。今回中北氏は、共産党のかつての主張を根拠に反論掲載を求めたのだった。
『赤旗』は党員が読む党の機関紙だから一般新聞とは全く異なるということを小池さんが主張するのはけっこうだ。行政は政治的に中立でなければならない。『赤旗』は一般の新聞とは異なる政党機関紙だというなら、「公共性」を理由として一般の新聞に認められている軽減税率を、『赤旗』に認めるべきでない。『赤旗』読者は10パーセントの消費税を納めなければならない。
今、大きな図書館に行けば『赤旗』を読むことができるが、党員対象の新聞である『赤旗』を図書館で閲覧可能にするのは政治的中立に反するから、小池さんの主張を認めるなら、すべての図書館から『赤旗』を撤去しなければならない。
小池さんが述べたことは、日曜版を含め『赤旗』は、一般国民に読まれる新聞ではなく、革命をめざす日本共産党員が読む新聞だということである。平和と民主主義を望む多くの国民に有益な新聞かと思っていた自分は、大いに勘違いをしていたようだ。

鮎川・三波川・神流川と、西上州の主たる谷は東西に走っている。だから南北の移動には、必ず峠越えが必要となる。自由党や秩父事件の組織活動も、官側の弾圧も、峠を舞台として展開された。
下日野沢村の新井蒔蔵は村上泰治逮捕の際に抵抗したのち逃亡し、秩父事件当時捜査中だった。彼は北甘楽郡天引村に潜伏していたのだが、明治一七年一〇月三一日に、天引村の自由党員古舘市蔵とともに、石間村の加藤織平宅に出向き、下日野沢村小隊長となった。
蒔蔵はどこをどう通ったかなど供述していないが、天引村から鮎川の谷(下日野村・上日野村)に出るには、小梨峠を通る以外にない。彼は小梨峠を越えて上日野村に下り、さらに温石峠を越えて三波川の妹ヶ谷不動に下っただろう。その先はいくつかのルートがあるから、特定はできない。
官側も、連日、これらの峠を登下降した。藤岡警察署の永井弘巡査は、一一月一二日には小梨峠を越え、上日野村田本耕地に入り、困民党幹部一(新井多六郎)・事件参加者二七・博徒三の合計三一名を逮捕した。
古い小梨峠の道型は今、ほとんど残っていないが、峠の馬頭観音は健在である。

朝から鎮守の祈年祭。
少し休んで夕方・日没まで農作業。
じゃがいもの植えつけ。
今日はグランドペチカと十勝こがね。
グランドペチカはかなり消耗しているから、あまり期待できないかも。
先週以来、ひどくハードな毎日だった。
学年末の成績処理。観点別評価が導入されて仕事量が激増した。
確定申告。これは比較的らくだった。
土曜日にオンライン会議。今日は祈年祭。
次の低気圧が過ぎたら、本格的な農繁期になる。
写真は、子王山。
山頂の祠の前に小石が積み上げてある。
神様にとっては迷惑な話だが、祠に妖怪を封じ込めてあるとすれば、妖怪封じの小石である。
志賀原発は、地震当時、事故には至らなかったものの、一部の外部電源が失われた。新聞記事をちょっと追ってみれば、避難経路が事実上存在しないなど、問題だらけだったことがわかる。
地震から二ヶ月がたって、こんな記事が目についた。東奥日報の記事だからおそらく、共同の配信記事だろう。
それによれば、驚いたことに、壊れた外部電源は未だ復旧できておらず、なおかつ、復旧の見通しは立っていない。
北陸電力は、「何か手はないか一生懸命検討している」状態だという。
これはすなわち、でっかい余震が来たらお手上げかも知れない状態ということなので、真面目に考えてないわけではなかろうが、現地で暮らす人々にすればたまったものではない。

朝から森林作業。
自宅周辺では風花が飛んでいたのだが、冷たい風が吹いていたものの、蓑山は晴れていた。
薪作り少々。
薪棚をもう一つ、作ろうかと考え中。
この写真も、谷川岳。
吹雪が止んだ状態。

新しい管理機を買った。
ずっと使ってたのはホンダF401だったが、今度のはホンダF503。
型番から前のより一馬力ぶん強くなったと思われる。
試運転にじゃがいも予定地の耕うん。
すばらしい。絶好調。
子王山から見た昨日の谷川岳。
この写真だと、ひどく吹雪いている。

学年末の成績処理と有志団体の会計処理という根詰め仕事が続いて、身体が硬直し始めたので、西上州・日野の谷へお茶を飲みに行った。
子王山と平井金山城址のダブルヘッダー。
金山城址からは、仙ノ倉山とエビス大黒が見えた。
今夜また降雪予報なんだが、あまり降らないでほしい。

雪は今朝まで降り続いたが、さすがになごり雪とあって、早くも溶け始めた。
ただし、畑や庭は白いままなので、自宅で根詰め仕事。
キジ・トラツグミ初鳴き。

退勤後、確定申告。
税務署に行ったら整理券を配っていて、待たされるのかなと思いきや、LINEで友だちになってる人は優先的に入場できるのだった。
待ってる人には悪いが、ありがたかった。
税務署と友だちになりたいとは思わんなどと悪態をつくんでなかった。反省。
加えて、税務署の外部スタッフらしき税理士さんは、とても親切な神対応だった。
先日壊れた管理機は19年使った。
めちゃくちゃハードに使ったのに、よくここまで頑張ってくれた。
が、ちょっと復活しそうにないので、買い替えるため、農機具店へ。
スマホのケースがヘタってきたので新しいのを買ったのだが、サイズが合わなかったので返品。
聖徳の特純。甘楽町産ひとめぼれ使用とのこと。悪くはないのだが、純吟系の聖徳に慣れてしまうと、けっこうしつこさを感じてしまう。

午前中は森林作業。
午後は農作業。
管理機はどうもダメそうだ。
たいへん絶望的な気分。
花粉大飛散。
スギ林から立ち昇る花粉は、山火事の煙のようだ。
写真は、妹ヶ谷不動の彫刻。

雪はけっこう降ったが、降り始めがみぞれだったので、積雪はすぐ溶けた。
確定申告の書類を作ったので、税務署に持っていったのだが、「予約してありますか ?」と言われた。
予約しないと書類のチェックはしてもらえないらしい。
若い署員の方が、おれの携えていた書類をチラ見して、「これじゃどっちにしたってダメでしょ」とつぶやいた。
税務署とLINEで友だちになったら予約できます、と言われたのだが、悪いけどおれは、税務署と友だちになりたいとは思わんのだよ。
でも、友だちになってねと言われてヤダヨというほど、心が狭いつもりはないので、税務署の人にスマホを渡して、税務署と友だちになった。
畑で草むしり少々。