
ブナ

ブナ

ブナ

田んぼの水が目減りしていたので、調整。
いくらか植え継ぎしたが、とても終わらなかった。
畑の除草と潅水少々。
天城山は、シャクナゲもよかったが、ブナの原生林でもあるのだった。
アズマシャクナゲというと、ツガや天然ヒノキと一緒に見ることが多かったのだが、ここではブナやヒメシャラと混生していた。




田んぼの水が目減りしていたので、調整。
いくらか植え継ぎしたが、とても終わらなかった。
畑の除草と潅水少々。
天城山は、シャクナゲもよかったが、ブナの原生林でもあるのだった。
アズマシャクナゲというと、ツガや天然ヒノキと一緒に見ることが多かったのだが、ここではブナやヒメシャラと混生していた。

新幹線を使えば天城山をちょこっと周回できることが判明したので、さっそく出かけてきた。
登山はちっとも大変でなかったが、アプローチが長くて、少々疲れた。
シャクナゲは盛りをやや過ぎたところ、トウゴクミツバツツジも同様だったが、花は十分楽しめた。

スナップエンドウも、そろそろ終了だ。
えんどう豆は、6月になるとカレンダーを見ていたかのように、突然枯れる。
取り遅れた莢は硬くなってしまうが、若い種はグリーンピースで食べることができる。
スナップエンドウの豆ご飯も美味しい。

終日、農作業。
このところの雨で、雑草たちが俄然、元気になってきた。
ということで、メインは草むしり。
落花生小苗の植えつけ。途中まで。
宿根蕎麦の植えつけ。8粒まいて、5本しか芽が出なかった。
やぐらネギのむかごが伸びてきた。

朝から田植え。
自宅周辺は終日雨だったが、畑や田んぼのある小鹿野市街地周辺は、曇り案配ながら青空が見えていた。
おかけで、さほど暑い思いをせずに田植えが終わった。
少々疲れてはいたが、午後を回ってからプチお出かけ。
児玉町の競進社模範蚕室を見学してきた。
これは完成形なので、木村九蔵が明治前期に考えていたものと同一とは限らない。
しかし、温度と湿度を制御することにより好結果を得るという基本ラインですでに完成していたので、おおむねこのような蚕室(高窓付きの家屋)が普及しつつあったのだろう。
これだけの建物を建てようとすれば、現在なら数千万円の投資が必要になろう。
ここから、秩父民衆の負債の内容が設備投資資金だったのであったという仮説が、現実的になる。
同時に、「秩父暴動雑録」に記載されている高利貸の暴利が、じっさいのところ一般的だったのかについての疑念も生じる。
とても有意義な見学だった。



早朝から日没まで、農作業。
田んぼの水入れ。
水を入れながら、管理機で代を掻く。
とりあえず、さまにはなったが、たぶんすぐに水は抜ける。
畑の除草。
写真は、二子山の花々。

中原中也は「骨」の中で、「みつばのおしたしを食ったこともある」と詠っている。
彼は、ミツバが好きだったんだろうか。
スーパーで売ってるミツバの殆どは水耕栽培で味が薄いし、ミツバのお浸しをきっちり食おうと思えば、5束ほども、買わなければならないだろう。
下宿の壁に「骨」を貼っとくほど気に入った詩だったので、ミツバをきっちり食うことは、若いころの、一つの憧れだった。
わざわざ畑で栽培したこともあるが、宿根草とはいえ、すぐにイヤ地を起こして、どんどん移動してしまうので、バカらしくなって栽培はやめたが、雑草として生き残った株は、半日陰であればいたるところで芽を出す。
今、ミツバは庭の雑草である。
草むしりをすれば、大量のミツバが手に入る。



春に種まきしておいたフシグロセンノウが、首尾よく発芽した。
ここまで挿し木と株分けで増やしてきたのだが、実生で作れれば、手間がかなり省ける。
センノウ小苗をプランター上げ。
畑の畦にクコが自生している。
若葉を佃煮にして食べていたのだが、自生クコは早くもクコフシダニにやられて、食べることができなくなった。
新鮮なクコを食うために、何本か挿し木。
薪作り少々。
田んぼのあぜ刈り。
水入れ前の耕耘。日没のため、これは途中まで。
写真は米山の花々。

昨年作った鞍掛豆のひたし豆。
とても美味いので、今年も作ろう。



フシグロセンノウをムクゲ公園に届けた。
第一次分と合わせて、120ポットほどになったと思う。
今年はぜひ、咲いているころに見に行きたい。
落花生の芽出しが今ひとつなので、まき直し。
田んぼに肥料撒き。あぜ刈り少々。
畑の除草。
今日の写真も、西山峠の花々。


自動車税の支払い。
安くはないが、自動車がなければどうにもならない暮らしをしているので、他の税を払うときほどの虚しさはない。
一両日の雨で、畑が一気に草だらけになった。
今年の戦いが始まった。
写真は、西山峠周辺で見た花など。


戸倉三山を歩いてきた。
予定では刈寄山だけのつもりだったのだが、9時半過ぎに刈寄山に着いてしまったので、あと二座を回ってきた。
高尾山周辺と異なり、暗い植林地が多く、花の種類は多くなかった。
それでも、キンランやササバギンランを見ることができたので、よかった。
都会へ出たついでに、登山靴(トリオレプロ)のソール交換依頼。
この靴も、3年近く履いたので、ソール替えどきだ。
写真は、キンラン。



カボチャ苗・エンサイ小苗の植えつけ。
今年のカボチャは、白爵を植えた。
草むしり少々。
田んぼの畦に商品名「あぜガード」張り。これは途中まで。
なかなかの重労働だった。
写真は、米山で見た巨木・奇木。
この巨ホオは、かなりすごいものだと思う。


役場から、弾道ミサイルが自宅に着弾した場合の対処法を記した回覧板が回ってきた。
屋内ではできるだけ窓から離れなさいとある。
近所に着弾した場合には、換気扇をとめて目張りをして屋内を密閉すべしとある。
弾道ミサイルが着弾したら、とにかく落ち着いて行動してくださいと役場は呼びかけている。
着弾が予想される場合には、特別なサイレンで知らせるそうだ。
明日あたり、北朝鮮が宣戦してくるのだろうか。
西山峠(一回目)山行記を追加。


新しい職場に行ってから初めての業務登山。
ちょうど半年前に、前の会社で登って以来の二子山を歩いてきた。
天気は快晴で、ハルリンドウが稜線のいたるところに咲いていた。
とてもよい登山だった。
下山後、畑に潅水少々。
明日の雨が待ち遠しい。


カボチャの植えつけ準備。
潅水少々。
イチゴやえんどう豆ができ始まったが、それほどたくさんはとれない。
写真は、過日の南高尾。
自宅から野菜を持って行き忘れたのだが、ちょうどよいハナイカダがたくさん自生していたので、野菜代わりにハナイカダを摘んで食べた。





ビニールポットに、ハブソウの種まき。
シカクマメの植えつけ。
キャベツ苗の植えつけ。キャベツは全部で33本植えた。
エンサイ小苗の植えつけ。
大麦・小麦に防鳥糸張り。
カボチャ予定地の耕耘。
米山登山道下部は初夏の風情で、シラネアオイが満開だった。
ここから標高とともに、季節をさかのぼっていく。
残雪の上部では、雪解け後の斜面で、ふきのとうが顔を出し、キクザキイチゲが咲き始めたばかりだった。





7年ぶりに、刈羽・米山へ。
ここはオオイワカガミの国。
まるでお祭りのように賑やかな花が、登山道を彩る。
ずいぶん重そうな首を、懸命にもちあげていた。


金蘭を見ることができればめっけ物と思っていたのだが、笹葉銀蘭はまだつぼみ状態だったものの、金蘭はちゃんと咲いていた。
浦島草も、そこここで長い釣り糸をたれていた。

また南高尾を歩いてきた。
一昨日、陽春の里山の草花を堪能したのだが、帰宅後、立浪草や金蘭・銀蘭を見たくなった。
南高尾の尾根道のどこかに咲いているだろうと思って、今日は、大垂水峠から西山峠までを歩いた。
思った通り、丘立浪草が咲いているところがあった。
あるんじゃないかと思ったところにそれがあると、きのこでなくても、とてもうれしい。


アスパラに支柱立て。途中まで。
キャベツ苗の植えつけ。これも途中まで。
草むしり少々。
田んぼの畦刈り。
ていねいにやったので、2時間くらいかかった。
写真は、南高尾で見た山吹草。
真夏のシナノキンバイに匹敵する鮮やかさだ。

南高尾へ熊谷草を見に行った。
自生地では、ちょうど見ごろの花を見ることができた。
二輪草はすでに峠を越えていたとはいえ、みごとな大開花だった。

引き続き、薪作り。
鉢に植えたフシグロセンノウをプランターに植え替え。
これで、潅水の労を省きたい。
キャベツの鉢上げ。
西瓜の鉢上げ。
エンサイ・宿根蕎麦・落花生をビニールポットに種まき。
キャベツ・ヤーコンなど予定地のうね立て。マルチ張り。
ヤーコン苗植えつけ。
田んぼの荒起こし。
今日はウドの味噌炒め。

午前中に八十八夜のお日待ちがあったので、ほぼ終日、休み。
薪作り少々。
四角豆小苗の植えつけ。
キュウリに支柱立て。
各種小苗たちに潅水。
畑のウドが絶好調だ。
今の時期のウドは葉先も柔らかいので、ゴマ浸しにすると美味い。



ジャガイモの土寄せ。
キャベツの鉢上げ。
トマトやゴーヤの株間が空いているので、コリアンダーやスペアミントを植えてみた。
キャベツ予定地やヤーコン予定地など耕耘。
スナップエンドウの蔓縛り。
八石山では、シオデがたくさん出ていた。
現場ではシオデラーメン、帰宅後にシオデのゴマ浸しなど食べた。