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対馬から帰りました。イタイイタイ病の痕跡は、記念碑なども含めてないようです。地元の方に案内していただきましたが、今は、客土した水田には豊かに稲が成育していました。朝鮮系、大陸系の動植物も本州にはないものでした。アゲハチョウや野鳥の宝庫でもあり、ツシマテンが道を横断する姿に三度も遭遇しました。寺社には「鎮守の森」が残り、歴史が息づく島です。ご教示ありがとうございました。
対馬の林相がどういうものか、想像もできません。 神社は本州の場合、縁起の多くは後世に潤色されたものばかりですから、その奥に隠されたものを読みとるのは容易ではありませんが、対馬の場合はどうなのでしょう。 大陸的なものと列島的なものとが混交し、人々の暮らしもまた、大陸と列島を股にかけて営まれていると想像します。 対馬らしい森とその暮らしにふれてみたいものです。いつになったらそれがかなうかは、何とも言えませんが。
対馬から帰りました。イタイイタイ病の痕跡は、記念碑なども含めてないようです。地元の方に案内していただきましたが、今は、客土した水田には豊かに稲が成育していました。朝鮮系、大陸系の動植物も本州にはないものでした。アゲハチョウや野鳥の宝庫でもあり、ツシマテンが道を横断する姿に三度も遭遇しました。寺社には「鎮守の森」が残り、歴史が息づく島です。ご教示ありがとうございました。
対馬の林相がどういうものか、想像もできません。
神社は本州の場合、縁起の多くは後世に潤色されたものばかりですから、その奥に隠されたものを読みとるのは容易ではありませんが、対馬の場合はどうなのでしょう。
大陸的なものと列島的なものとが混交し、人々の暮らしもまた、大陸と列島を股にかけて営まれていると想像します。
対馬らしい森とその暮らしにふれてみたいものです。いつになったらそれがかなうかは、何とも言えませんが。