
「国旗の損壊等の処罰に関する法律案」には、「人に著しく不快又は嫌悪の情を催させるような方法により、公然と国旗を損壊し、除去し、又は汚損した者は、二年以下の拘禁刑又は二十万円以下の罰金に処する」とある。(衆議院サイト https://www.shugiin.go.jp/.../honbun/houan/g22105018.htm)
「人に著しく不快又は嫌悪の情を催させる」ことは、どう考えてもよろしくないことなので、自重されるべきである。「公然と国旗を損壊」することによって「著しく不快又は嫌悪の情を催」す方がいるのは事実だから、おれは人前でそんなことはしない。
しかし、日の丸を目にするだけで「不快又は嫌悪の情」を持つ方もいる。それは外国人だろうと言われるかもしれないが、日本国憲法の保障する基本的人権は、日本国内にいるすべての人間に同じく保障される(参政権など一部は適用外)。もちろん、日の丸が日本近代史において対外侵略と国内における人権抑圧のシンボルだったと考える日本人(おれのこと)もいる。だからおれとしては、できれば日の丸など見たくはないが、日の丸を見て嬉しく思う方もおおぜいおられるのだから、日の丸を損壊したり、罵ったりする気は毛頭ない。
この法案には、日の丸は侵略と人権抑圧の象徴だったと言っただけで刑務所行きとは書かれてない。しかし、国旗国歌法制定当時、政府は、人々の心を縛る法律ではないということを再三、説明してきた。しかし、「日の丸」の前で起立しないとか、「君が代」を歌わないという理由で、多くの先生たちが懲戒処分・不利益処分を受けてきた。適用範囲の曖昧な法が、制定当時の説明を越えて拡大適用されることは、歴史が証明している。
1942年2月に帝国陸軍は、シンガポールを占領した。占領後日本は、シンガポールを「昭南」と改称し、連合軍の捕虜の強制労働により昭南神社が造営された。
その後、抵抗勢力とみなされたシンガポールの軍民多数(5000人から30万人まで幅あり)が。日本軍により殺害された。これにつき日本政府は、5000万シンガポールドルの補償を支払った。
これらの写真は、シンガポールの中学生向け近代史教科書『Social and Economic History of Modern Singapore』(1985)に掲載されたものである。
日の丸が果たした歴史的役割を隠蔽することはできない。
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