
今日は食糧をとりに行っただけ。
まぁ、よしとする。
写真は、佐白山で遭遇したジャコウアゲハ。
尾状突起がとれて、かなり疲れたようすだった。

今日は食糧をとりに行っただけ。
まぁ、よしとする。
写真は、佐白山で遭遇したジャコウアゲハ。
尾状突起がとれて、かなり疲れたようすだった。

この前張り替えて以来、実働約一年少々使った登山靴のソールを、張り替えに出した。
一年少々じゃ早かろうと思われるかもしれないが、70日ほどは歩いている。
買ったのが2006年2月だった。2足を交互に使っているから、実働10年ほどだが、この靴にヤバいところを含め、ずいぶん連れて行ってもらった。
買ったお店(池袋S山荘)が閉店し、系列店が北関東の某市にあるからメンテはそちらに行けと言われ、行ってみれば、輸入元と取引がなくなったからもうメンテできないと言われ、ダメ元でお願いしてみた別のお店で、なんとか受け付けてもらえた。
靴を見るのは店員さんでなく、輸入元代理店の職人さんだから、そちらでこれはモームリと言われれば、靴の寿命は終わり。
修理してもらえるかどうかはまだ、わからない。
遠出せざるを得ないので、せっかくだから、笠間(茨城県)の富士山へ。
笠間市には富士山が二座あるが、今日行ったのは友部町でなく、旧笠間市の富士山。
展望台から高峯と仏頂山が望まれた。
富士山までは、特に何ということもなかったが、足を伸ばしたとなりの佐白山は、きびしい山だった。
100匹どころでない吸血ブヨに常時まとわりつかれ、森全体にブヨの羽音がうなりを上げていた。
適当にぱちんと手を叩いてみたら、数匹のブヨを潰すことができた。
我慢して山頂まで登ってみたが、石垣が崩れかけていて、立入禁止だった。
一目散に下山した。
またいくらか、本の整理を始めた。
本を捨てるのもなかなか面白い。
捨てるものととっとくものを分別してると、今後の自分の生き方が見えてくるような気がする。
きのこ図鑑が数十冊あるのだが、そのほとんどは処分する。
きのこ同定を上達させる基本は、数を見ることである。
日本にどれくらいの種類のきのこが存在するか、まだわかっていない。
そもそも、まだ名前のついていない(学問的に種として定立されていない)きのこが相当数存在しており、それらがごく普通に、人家の周辺や森の中に生えている。
だから、目にするきのこの多くが「新種」である可能性がある。
それなら誰もが、「新種きのこの発見者」として名の残すことができるのかというと、そんなことはまったく不可能である。
そのあたりについては、京都御所で偶然見つけたオノエホウライタケを世に出した四手井淑子先生の『きのこ学騒動記』・『きのこ学放浪記』を一読していただきたい。
図鑑に載っているきのこは、現在までに名前がついているきのこ(のさらにごく一部)だけである。
おれのサイト「山の不思議・きのこの世界」にも200種くらい(じつは数えていない)のきのこの写真をのせてある。
Google先生はこんなのを学習して、これは〇〇タケでしょう、とか教えてくれるんだろうが、〇〇タケに酷似したきのこなんて、いくらでもある。
とある本にのっている写真が、そのきのこの特徴をすべて表現し尽くしているわけではない。
それぞれの個体によって、幼菌だったり老菌だったり、色合いに微妙な違いがあったりする。
だから、たくさん見なくてはいけない。
未知のきのこの名前を知りたいと思ったとき、何種類ものきのこ図鑑(いまはネット上にいいきのこサイトがたくさん存在する)で調べた上で見当をつけなければならない。
だから今まで、きのこ図鑑のたぐいは片っ端から買い込んで、参考にさせてもらった。
すべて処分するつもりはないが、一部を残してこれらきのこの本とはお別れしようと思っている。

雑誌は歴史学関係・歴史教育関係以外、あまり読まなかった。
『週刊金曜日』を創刊以前から読んでいたが、読む時間をとれなくなったため、購読をやめた。
後日、読み返したい記事も多かったのだが、自分にとって不要な部分も多いので、すべて処分した。
さほど大量ではないが、『週刊釣りサンデー』も一年半分ほどあった。
とてもいい雑誌だったのだが、かなり以前に廃刊となった。
ちなみに、ヤフーで検索すると、「アマゾンなら週刊釣りサンデーがいつでも買える」という不審なリンクが現れ、マジか ! と思ってそれをクリックすると『週刊少年サンデー』が大量に出てくる。
なんてバカなんだろ、このアルゴリズムは。
20数年前に、この雑誌に連載を持っていたことがあった。
「森と溪の旬」というカラー1ページだったが、渓流釣りの行き帰りで出会う山の幸をめぐる、写真を添えたポエムだった。
調べてみたら、全40回の連載で、39回分が手元に残っていた。
自分的には、渾身の力で呟いたポエムばかりなので、どの回もすべて、気に入っている。
処分する前にとりあえず、スキャナで画像化しておいた。
半Runの日。

蔵書の処分を始めた。
本日とりあえず、90キログラムほど。
なかなか難しい。
読むために蔵してある本を処分するということは、読了断念を意味するわけだが、この先の人生の短かさを考えると、ちょっと到達できそうにないものは処分するしかない。
また、参照するために蔵してある本(図鑑類と登山ガイド本など)も処分したほうがよさそうだが、こちらはいよいよ動けなくなるまで、手放しがたい。
いちおう、在野の歴史研究者でもあると自覚しているので、研究のために必要な文献を手放すわけにいかない。
研究への意欲・能力(こちらは最初からないに等しい)がなくなれば不要なのだが、恩師・諸先輩・仲間たちがまだまだ意気軒昂なので、こちらはしばらく現役のつもり。
写真は、長坂山で見たイワタバコ。

朝から薪の移動と農作業。
風呂用の薪を薪棚からボイラ近くへ移す。
畑の草むしり少々。
らっきょう掘り。
収穫したらっきょうを昨年、ぜんぶ漬けてしまったため、種らっきょうがなくなるという失敗をしたため、買った種を植えたのだった。
少ししか植えなかったのだが、たくさんとれた。
午後から台風が来る予報のため、昼過ぎに退散。

終日、農作業。
大量の草むしり。
ここしばらくが正念場。
写真は、赤目・荷担滝。
水量が少ないのに、淵が大きい。

昼過ぎから農作業少々。
秋いんげんのメンテ。
潅水。
ヒマワリの収穫。
大角豆摘み。
やるべきことはたくさんあるのだが、ちょっと危険な暑さ。
夜になってから激しい夕立で、いっきに涼しくなった。
畑の嘉宝西瓜ができてきた。
種をとっておいて、来年また作る。

終日、移動。
関西の気温は、おおむね35度を超えていた。
たちが悪いのは、夜になってもほとんど涼しくならないことで、たぶん、街に土がほとんどなく、地表のほとんどがコンクリートで固められているからだろう。
関西より秩父のほうが、暑さはまし。
信貴山・朝護孫子寺は広大な寺域をもつ山岳寺院で、塔頭・神社・宿坊が配置されている。
信貴山縁起絵巻は国立博物館に行っているので、レプリカが展示されていた。
それ以外にも、数体の重厚な平安仏を見ることができた。

生駒山地(奈良県平群町)の信貴山へ。
朝護孫子寺を拝観してから信貴山城・高安山まで歩いた。ハイカーは一人も見なかった。高安山には霊園しかないので、乗客は少なかった。
高安山からは、西信貴ケーブルで下山。
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