
終日、大量の草むしり。
けっこうはかどった。
アスパラ苗の植えつけ。
あまり小さい苗ではその後の成長がよくないので、ある程度根を張らせたところで植えてみた。
ヒマワリの収穫。これで終わり。
半Runの日。
写真は、笠間・正福寺の桜。
老樹である。

終日、大量の草むしり。
けっこうはかどった。
アスパラ苗の植えつけ。
あまり小さい苗ではその後の成長がよくないので、ある程度根を張らせたところで植えてみた。
ヒマワリの収穫。これで終わり。
半Runの日。
写真は、笠間・正福寺の桜。
老樹である。

朝から市内に行って、ちょっとした手続き。
少し休んで、夕方から畑仕事。
大量の草むしり。
四角豆のメンテ。
夏野菜の種採り始め。
半Runの日。

朝から知人宅へ風呂焚き付けをいただきにあがる。
午後は秩父事件研究会。
とても充実した研究会だった。
とうもろこし小苗の植えつけ。
佐白山から下山後、近くの笠間稲荷へ。
平日のためか、参拝客は少なかった。

秋野菜の準備を始めなければならない。
まずは、のらぼうの種まき。
雨降りのため、本日はそれだけ。
風呂用の薪移動。
らっきょうの漬け込み。

朝から草むしり。むしった草や作物残渣は全て埋めている。
大角豆の片付け。
少し休んで藤岡へ。
ここ数日、運転免許関連で問題が起きていたのだが、すべて解決。
今年のきゅうりは終了した。
きゅうりも挿し木ができることがわかったのだが、本格的な夏になる前に挿さないと根は出ず腐敗する。
しかし、わざわざ挿し木するまでもなく、できたきゅうりを1、2本、食べずにおいて種をとれば、種はたくさんとれる。
完熟したきゅうりから種をとって乾かしたところで、今年のきゅうりシーズンは終わる。

朝から大量の草むしり。
かなり暑かったので、身体に堪えた。
落花生まわりの草をとったとたん、カラスが落花生をほじくりに来るようになった。
カラスにはかなわない。
夕方、雷鳴が聞こえたので終了。
写真は、笠間富士登山口の正福寺で見た包丁供養塔。
包丁がなければ暮らしは成り立たないのだから、感謝するのは当然と思う。

東松山の知人宅を訪ねたあと、午後から鴻巣で運転免許の高齢者運転講習。
視力検査と所内の実地運転指導。
視力検査はボロボロで、かなり衝撃的だった。
これがダメだと免許取り上げというわけではないので、不安はなかったが、よほど注意深く運転しなればまずいということがよくわかった。
写真は、富士山で見たヤマトシジミ。

今日は食糧をとりに行っただけ。
まぁ、よしとする。
写真は、佐白山で遭遇したジャコウアゲハ。
尾状突起がとれて、かなり疲れたようすだった。

この前張り替えて以来、実働約一年少々使った登山靴のソールを、張り替えに出した。
一年少々じゃ早かろうと思われるかもしれないが、70日ほどは歩いている。
買ったのが2006年2月だった。2足を交互に使っているから、実働10年ほどだが、この靴にヤバいところを含め、ずいぶん連れて行ってもらった。
買ったお店(池袋S山荘)が閉店し、系列店が北関東の某市にあるからメンテはそちらに行けと言われ、行ってみれば、輸入元と取引がなくなったからもうメンテできないと言われ、ダメ元でお願いしてみた別のお店で、なんとか受け付けてもらえた。
靴を見るのは店員さんでなく、輸入元代理店の職人さんだから、そちらでこれはモームリと言われれば、靴の寿命は終わり。
修理してもらえるかどうかはまだ、わからない。
遠出せざるを得ないので、せっかくだから、笠間(茨城県)の富士山へ。
笠間市には富士山が二座あるが、今日行ったのは友部町でなく、旧笠間市の富士山。
展望台から高峯と仏頂山が望まれた。
富士山までは、特に何ということもなかったが、足を伸ばしたとなりの佐白山は、きびしい山だった。
100匹どころでない吸血ブヨに常時まとわりつかれ、森全体にブヨの羽音がうなりを上げていた。
適当にぱちんと手を叩いてみたら、数匹のブヨを潰すことができた。
我慢して山頂まで登ってみたが、石垣が崩れかけていて、立入禁止だった。
一目散に下山した。
またいくらか、本の整理を始めた。
本を捨てるのもなかなか面白い。
捨てるものととっとくものを分別してると、今後の自分の生き方が見えてくるような気がする。
きのこ図鑑が数十冊あるのだが、そのほとんどは処分する。
きのこ同定を上達させる基本は、数を見ることである。
日本にどれくらいの種類のきのこが存在するか、まだわかっていない。
そもそも、まだ名前のついていない(学問的に種として定立されていない)きのこが相当数存在しており、それらがごく普通に、人家の周辺や森の中に生えている。
だから、目にするきのこの多くが「新種」である可能性がある。
それなら誰もが、「新種きのこの発見者」として名の残すことができるのかというと、そんなことはまったく不可能である。
そのあたりについては、京都御所で偶然見つけたオノエホウライタケを世に出した四手井淑子先生の『きのこ学騒動記』・『きのこ学放浪記』を一読していただきたい。
図鑑に載っているきのこは、現在までに名前がついているきのこ(のさらにごく一部)だけである。
おれのサイト「山の不思議・きのこの世界」にも200種くらい(じつは数えていない)のきのこの写真をのせてある。
Google先生はこんなのを学習して、これは〇〇タケでしょう、とか教えてくれるんだろうが、〇〇タケに酷似したきのこなんて、いくらでもある。
とある本にのっている写真が、そのきのこの特徴をすべて表現し尽くしているわけではない。
それぞれの個体によって、幼菌だったり老菌だったり、色合いに微妙な違いがあったりする。
だから、たくさん見なくてはいけない。
未知のきのこの名前を知りたいと思ったとき、何種類ものきのこ図鑑(いまはネット上にいいきのこサイトがたくさん存在する)で調べた上で見当をつけなければならない。
だから今まで、きのこ図鑑のたぐいは片っ端から買い込んで、参考にさせてもらった。
すべて処分するつもりはないが、一部を残してこれらきのこの本とはお別れしようと思っている。
最近のコメント