原生林と湿原の山旅
−八幡平から秋田駒ヶ岳−

【年月日】

1994年7月27〜29日
【同行者】 2人
【タイム】

7/27 茶臼口(9:08)−源太森(11:09)−八幡平(11:41)
  −畚岳(13:02)−諸檜岳(13:45)−嶮岨森(15:00)
  大深山荘(15:48)
7/28 大深山荘(4:25)−大深岳(5:03)−関東森(7:13)
  −八瀬森山荘(7:43)−曲崎山(9:21)−大白森山荘(11:54)
  小白森(13:33)−田代平山荘(15:55)
7/29 田代平山荘(4:03)−乳頭山(4:43)−笊森山(6:19)
  女目岳(9:45)−8合目のバス停(10:55)

【地形図】 秋田駒ヶ岳、曲崎山、八幡平、茶臼岳

茶臼岳周辺はひどい伐採(手前の尾根)

遠景は畚岳
嶮岨森から茶臼岳

鏡沼越しに望む

 大森林と山上の湿原・草原を求めて八幡平へ出かけた。

 上野からは、夜行の急行八甲田の禁煙席を確保。夏休みとはいえウイークデーのため列車はすいていた。急行にしてはかなり上等な作りだが、一晩すわっていくにはやはり狭い。
 盛岡には5時半ごろ着く。

 7時前の松川温泉行きのバスに乗り、東八幡平交通センターで乗り換え、登山口の茶臼口に着いたのは9時過ぎ。

 多少の雲はあるがまず雨にはなりそうにないよい天気。
 まずは茶臼岳に向かう。登山道のわきにはイブキゼリ、クルマユリ、ネバリノギラン、イワオトギリ、ニガナ、シロバナニガナなどが咲いていた。
 ヤマブキショウマはすでに咲きおわっており、アキノキリンソウはこれからというところだ。ネマガリタケのなかにダケカンバ、ナナカマド、そしてこのあたり一帯の主人公というべきオオシラビソが枝を下げ気味にして立っていた。

 ひと登りで茶臼山荘の前。茶臼岳はそこから少し登ったところだった。崩壊止めの石垣が積んである茶臼岳の山頂は南側が開けていて、前方の畚岳がいい感じ。岩手山は雲に隠れていて、てっぺんだけしか見えない。樹海とササのなかにきれいな沼。

 茶臼岳から西への下りは、傾斜はゆるいが石がごろごろした歩きにくいところ。
 石の上には無数の赤とんぼがとまっていて、人が来るたびいっせいに舞い上がる。ぼんやりしていてか、そのまま踏みつぶされているとんぼもいる。

 しばしの下りで黒谷地の湿原。キンコウカ、ミツガシワ、ニッコウキスゲ、モミジカラマツ、ハクサンシャクナゲ、イワショウブ、ネバリノギラン、シロバナトウウチソウ、コバギボシなどが咲いている。これら湿原の花を見るのも久しぶりだ。

 黒谷地から樹林のなかのゆるい登りで源太森に向かう。
 源太森手前の傾斜湿原でウサギギク、ハクサンチドリ、ヨツバシオガマ、ミヤマキンポウゲ、アオノツガザクラ、イワカガミなどを見る。小さな湿原だが花の種類はとても多い。

 登山道は源太森のピークをかすめて通るが、せっかくなのでピークを踏んでいった。
 周囲には名前を知らない山々が無数にひしめく、好展望のピークだった。西にこれから向かう八幡沼と避難小屋も見える。

 八幡沼のわきの避難小屋のあたりから観光客が多くなり、登山道はコンクリートに石を貼りつけた舗装路。
 あたりはハイマツとオオシラビソにおおわれた好ましいところだが、日傘をもった人やサンダルばきの人にふてくされた男の子、林間学校登山隊までいてたいへんな騒ぎだった。

 メガネ沼などを見ながらアスピーテラインの駐車場に向かい、お茶など飲んでから樹海のなかの縦走に出発。
 藤七温泉への舗装道路から登山道にはいると、前方には畚岳の山容がとても立派。

 ハイマツやシャクナゲがまじるササ原の中にはエゾリンドウ、アキノキリンソウ、ハクサンシャジン、ニッコウキスゲなどが咲いていた。
 畚岳の肩からは荷物を置いて山頂をピストン。
 山腹にはミヤマコウゾリナ、ハクサンシャジン、クルマユリ、ニッコウキスゲ、トウゲブキなどが咲き乱れていて美しい。ほんの5分ほどで畚岳。

 三六○度の展望が広がるすばらしい山頂だ。ハクサンシャジンがたくさんの小花をぶらさげていて、のんびりしたいところだが、まだ先は長い。
 次のピークはあまりはっきりしない形の諸檜岳。畚岳との鞍部には小さな沼があった。樹林帯のなかにあらわれる沼はとても雰囲気がよい。ましてあたり一帯は重畳たる山波だ。

 ここまで来ると前方に無名峰、そして嶮岨森。とらえどころのない形の大きな大深岳のふところに今夜の泊り場である大深山荘が見えているが、まだまだずいぶん遠い。とはいえ泊り場が見えているだけでも、多少は意気があがるというものだ。
 諸檜岳と無名峰との鞍部の石沼は、名のとおり小石を敷いたような沼で、水はほとんどたまっていない。ミツガシワが群生した小沼もあった。

 メボソムシクイの声を聞きながらオオシラビソの原生林を黙々と歩く。無名峰ではヨツバヒヨドリの花にクジャクチョウがまとわりついていた。足元には、ツルリンドウ、ウツボグサ、白花のまじったハクサンシャジンなど。右の大深沢側には大きな沼も見えていた。

 嶮岨森の展望も絶景だが、同行者は重荷がこたえたらしくグロッキー気味。
 大深山荘はずいぶん近くなったがまだずいぶん遠いとぶつぶつ。

 山荘に着くのは時間の問題なので、ここは大展望を楽しみながら少し長い小休止。北ノ又川源流はつい最近開通したという松川から藤七への車道で大きく破壊されており、自動車が走っている様子が稜線からも見えている。ここのイワナたちが受けた打撃を思うと腹立たしいかぎりだ。

 嶮岨森から左下に鏡沼を見ながらゆるく下り、少し登り返して小沼を見ると待望の大深山荘に着いた。新しくはないが、とてもきれいに使われている感じのよい山小屋だ。

 ザックをおろしてから水場に向かう。水場は小屋から少し下ったお花畑のなかで、冷たい水が大量に湧きだしていて、疲れたからだにしみわたるすばらしい水だった。

 まわりの花もすばらしく、ヨツバシオガマ、モミジカラマツ、トウゲブキ、イワイチョウ、シロバナトウウチソウ、ニッコウキスゲ、ハクサンチドリ、ウサギギク、アキノキリンソウ、キンコウカなどが咲き誇っていた。なかでもキンコウカはこの三日間でもっとも数が多かったし、ほかの場所では咲き終わったのが多かったウサギギクもここではちょうど見ごろだった。

二日目(大深山荘〜田代平小屋)

大白森から曲崎山方面
八瀬森湿原

 翌朝4時半ごろに出発。風もなく、相変わらずよい天気。
 5時過ぎに大深岳着。平坦でこれといってはっきりしたピークではない。
 南にゆるやかに下っていくと三ツ石山への分岐。乳頭山方面への道のほうが踏まれていない感じがする。

 登山道は、オオシラビソの原生林のなかを行く。樹林帯のなかで咲いているのはギンリョウソウ、ゴゼンタチバナ、クルマユリくらいで、ショウジョウバカマ、エンレイソウ、ツクバネソウ、ツバメオモト、サンカヨウ、ユキザサ、ハリブキなどは咲き終わったあとの花がらや実だった。

 樹林帯が途切れて小湿原。
 コバギボシ、モミジカラマツ、クルマユリ、ニッコウキスゲ、タテヤマリンドウ、エゾリンドウ、ヨツバシオガマ、アキノキリンソウ、キンコウカ、イワオトギリなどがみごとに咲いている。このあたりの湿原には木道も敷いていないので泥炭の上を踏んでいかなければならず、申し訳ない。

 チングルマやミズバショウは花がらになっていた。ミツガシワの群生した小さな池塘もある。コマドリやメボソムシクイ、ツツドリなどの声が聞こえた。
 7時過ぎにようやく関東森。長く歩いてきたのでゆっくりしたいがこの先の八瀬森の方が気持ちがよさそうなので小休止だけにした。

 小さな台地を越えると、いよいよ八瀬森の湿原。 ここはまさに山上の楽園というべき、すばらしいところだった。ナガボノアカワレモコウは尾瀬でも見たことがあるが、尾瀬のはふつうのワレモコウを細長くしたような感じだったのに対してここのはシロバナトウウチソウと同じような形でピンク色のおしべが長くカライトソウの花が立ったような感じでとても美しかった。

 水場を渡った先の八瀬森山荘も新築されたばかりのようなきれいな小屋で、こんないい小屋があるなら、つまらない八幡平になど行かず、まっすぐここまで来ればよかったという気もした。
 名残惜しい八瀬森湿原をあとにし、八瀬森を越えると曲崎山への急登。和瀬川、玉川、葛根田川といったこのあたりの水系の水源にもなっている一帯最奥の秘峰といってもいい山だ。

 急登しばしで森林限界を超え、コバギボシ、ハクサンシャジン、クルマユリ、イワイチョウ、シロバナトウウチソウ、アキノキリンソウなどが咲く風衝草原となる。シラネアオイが花が終わって実になっているのはやや残念。
 うしろをふり向くと畚岳から三ツ石山にかけての稜線が望まれ、岩手山も雲のうえに頭を出していた。

 葛根田はほこほこした広大なブナ原生林だ。昨日の嶮岨森以来ひさびさの大展望。山頂はオオシラビソ原生林で残念ながら展望はなかった。9時半だがここで早いお昼にする。
 曲崎山の下りは急降下で前方の展望がよい。いずれもこの縦走の中で初めて目にする山だ。

 はっきりしない形の大沢森の向こうに広大な頂上湿原をもつ大白森。乳頭山、秋田駒ヶ岳はもやのかなただ。曲崎山と大沢森との鞍部は標高千メートル少ししかなく、ブナが稜線まで登ってきている。ブナが出てきたなあと思っていたら、倒木にヌメリツバタケが出ているのが見つかった。

 ゆるく登ってウグイスの声が響く大沢森へ。大沢森と大白森の鞍部はずっとブナ原生林だ。しだいに疲れを感じてきたため、ややペースダウンして大白森山荘へ。
 当初この日は大白森山荘に泊まる予定だった。行動時間もすでに7時間半。そろそろ限界かと思われたが、行動可能時間はあと6時間もある。そこで、細々としたここの水場で水を補給し、先に向かうことにした。

 急登をゆっくり登ることしばしで大白森の頂上台地。ここの高層湿原はじつに広大なところだ。
 花はコバギボシ、イワイチョウ、ミズギクくらいしか咲いていないが、一面のモウセンゴケやスゲ類におおわれている。

 ここにも木道がなく、すみませんと謝りながら湿原のまんなかを踏む道を行く。湿原のへりに木道を敷けばいいのに。登山道は三角点を通らないので湿原の南端で腰をおろし、小休止。

 はるか向こうにこれから向かう乳頭山がそびえ、そのまたかなたに秋田駒ヶ岳が見える。駒ヶ岳まで歩くなんて見た目にはとても無理そうだが、人間の足というのは意外な力を秘めているもので、畚岳がもはや見えなくなった来し方を見ても気が遠くなる。

 大白森の次のピークは小白森。ここは大白森を大幅にスケールダウンしたような頂上湿原である。小さい草原だが、やはり好ましい場所であることはちがいない。
 そこからは鶴ノ湯への道を右に分け、展望のきかないブナ林のなかの小さな登下降。

 クルマユリがわずかに目を慰める一○六三メートル三角点峰で一息入れたのち、蟹場温泉への道を分けると、がぜん登山道にゴミが目立つ。
 ここまでゴミなどほとんど見なかったのでビニールくずや空缶などを見ると、ずいぶん俗化したところまで来た感じがする。

 田代平への最後の急登にかかったのは3時過ぎだった。時間は十分あるが体力はほぼ限界だったから、なかなかつらかった。

 田代平の肩に登り着くと、前方に瀟洒な田代平小屋も見え、ほっとする。コバギボシ、ヨツバシオガマ、キンコウカ、イワイチョウ、イワショウブ、ナガボノアカワレモコウ、ワタスゲ、コバノトンボソウなどが咲き、チングルマの実が風にそよいでいた。

 しかし、登山道沿いに泥炭が流出し、赤茶けた火山灰土が露出しているところや、火山灰土までもが流出し石がごろごろしているところが見られた。
 巻機山や尾瀬のアヤメ平などと同様オーバーユースの果ての無残な光景である。長く雨が降っていないらしく、露出した泥炭のひび割れが痛々しい。

 湿原をゆるやかに下ったところで孫六温泉への道を分け、木道をさらに登りつめたところに今夜の泊り場である田代平山荘は建っていた。
 ここも新しい小屋で気持ちが良いが、先客の男性に聞くと、水場は枯れていて使えないという。

 やむなく、そこで地形図を見て水探し。
 ねらったところは孫六分岐のある鞍部から葛根田側に少し下ったクボ。
 背丈を没するネマガリタケのヤブに突入し、ササヤブのおおったクボを下っていくと、たまり水があらわれ、ついで水流があらわれた。これでとりあえずひと安心。それにしても正確な地図だ。

 結局水探しに1時間もかかり、疲れ果てて小屋に戻ったのは5時ごろだった。

三日目(田代平小屋〜秋田駒ヶ岳)

乳頭山のご来光
乳頭山とハクサンシャジン

 一晩中ずっと吹き荒れていた強風も明け方にはおさまり、またも快晴模様の夜明けとなった。4時過ぎに小屋を出発し、乳頭山へ。エゾシオガマ、コバギボシ、ハクサンシャジンなどが咲く尾根を快調に登りつめ、40分で山頂。山頂のすぐ手前で岩手山の肩へのご来光。岩手県側は雲が湧いているが秋田県側は晴れていた。駒ヶ岳はまだまだ遠い。

 乳頭山からの下りはすばらしいお花畑だ。ハクサンシャジン、ミネウスユキソウ、ニッコウキスゲ、ウツボグサ、トウゲブキ、ヨツバシオガマ、アキ ノキリンソウ、クルマユリ、シロバナトウウチソウ、ハクサンフウロなどが咲いている。ミヤマキンバイの株もあるが花はすでに終わっている。この中でもっともすばらしいのはハクサンシャジンだ。斜面をうすむらさき色に染めあげんばかりに咲き誇っている。これだけみごとなハクサンシャジンを見たのは初めてだ。

 千沼ヶ原分岐の先で水を補給。ここの水場は大深山荘以来の豊富な水だ。
 千沼ヶ原にも行ってみたいが、先も長いのでまっすぐ笊森山に向かった。

 笊森山へは崩壊止めの間を縫って登っていく。ウサギギク、ネバリノギラン、ニッコウキスゲ、クルマユリ、キンコウカ、トウゲブキ、イワショウブ、イワイチョウ、エゾシオガマ、アキノキリンソウ、シロバナトウウチソウ、イワオトギリ、アザミなど風衝草原の花と湿原の花がまじって咲いていた。つぼみを無数につけたタテヤマリンドウがあちこちにあったが朝が早いので開花していなかった。このあたり森林限界をはるかに越えているので、見晴らしがよい。

 笊森山はさえぎるもののない大展望。ハイマツ、シャクナゲ、マルバシモツケ、ミネカエデ、ガンコウランなどの低木が這うように生えている。
 笊森山の次のピークは湯森山だ。石がごろごろしていてやや歩きにくいが、前方の駒ヶ岳がしだいに近づいてくるので、歩いていてもはりあいがある。岩を乗せた熊見平の湿原はつい休みたくなるところだがお花畑を横目で見ながら通りすぎ、湯森山へと急登。左下に見える雪渓から、冷気を含んだもやがたちのぼって涼しそうだ。

 湯森山の次はいよいよ駒ヶ岳の一画。女目岳のふもとの阿弥陀池避難小屋もはっきり見える。鞍部に下り、ほとんど涸れた水場を渡って焼森への急登を登る。
 ここの登りにはミヤマコウゾリナ、ミヤマハンショウヅル、ウメバチソウなどが咲いていた。ミヤマコウゾリナはここにはとても多かった。

 ようやく登り着いた焼森はそれまでとはうって変わって荒涼としたザレ場。
 ロープを張って登山者が入れないようにしてあるところにピンク色のコマクサが点々と咲いていた。コマクサの写真をとりたかったがロープの近くには生えていなかった。コマクサ帯のまわりにはオヤマソバ、イワブクロが咲いていた。

 阿弥陀池のそばの50メートルほどの長さの雪渓では、どこかの大学のスキー部がワアワア叫びながら回転の練習をしていた。運動部というのはうるさいからきらいだ。あんなにワアワア言わないほうが集中して練習できるのではないだろうか。そのうち、なかのひとりが木道に置いたラジカセのスイッチをいれ、音楽を流しはじめた。

 スキーとBGM。スキー場では切っても切れない関係にある。とはいえ、BGMがなければスキーができないわけではあるまい。大学のスキー部というような集団になると、周囲に対する配慮などは、どこかに行ってしまうのだろう。あわれなものだ。

 阿弥陀池は観光客が多く荒れた感じのするところで、遠くから見ると瀟洒な避難小屋もトイレの匂いがすさまじく、ちょっと泊まる気になれない。小屋の前に荷を置き、空身で登ることにした。
 小屋から見た女目岳は崩壊止めの杭だらけで、登山による傷あとのいたいたしい山だ。

 観光客たちがロープにつかまりながら登っていく。急登であるうえ階段が人の歩幅にちっとも合っておらず、足の弱い人はそうするしかない。ここはきちんと改修するしかないのではないか。
 女目岳はこの山行のフィナーレなので、大展望であってほしかったが、残念ながらガスのなかだった。ガスの山頂にいてもつまらないので早々に下山にかかった。

 8合目のバス停に着いたら田沢湖行きのバスがちょうど出るところだった。これを逃すと4時間待ちになるところだったのでとても助かった。

 バスの運転手に水沢温泉のことを教わり、途中下車して汗を流す。3日間同じ服を着ていたため、温泉はうれしかった。ここは露天風呂もあったし、とてもいいお湯だったので、着ているものを全部取り替えると生き返ったような感じだ。

 田沢湖からは特急と新幹線を乗り継いで帰った。