大展望の岩峰
−両神山塊・大ナゲシ−

【年月日】

1996年12月7日
【同行者】 単独
【タイム】

小倉沢(10:33)−尾根上(11:09-11:25)−赤岩峠(12:00)
大ナゲシ(12:33-13:00)−赤岩峠(13:34)−小倉沢(14:15)

【地形図】 両神山

大ナゲシから浅間山遠望

 大ナゲシは、両神山塊の一角をなす岩峰で、南天山あたりから見ると、天を突く鋭峰がすばらしい。

 上州と武州の国境稜線から少し北にはずれた、群馬県上野村に属する山である。

 登路としては、上野村の野栗沢と埼玉県大滝村の小倉沢から、それぞれ沢沿いに赤岩峠につめあがると、尾根伝いにピークをめざす踏みあとがある。
 この日は、大滝村から登った。

 登山口である日窒鉱山は、以前はたしか磁鉄鉱なども掘っていたが、最近は石灰採掘しかしていないようだ。
 ほんの十数年前までは立ち並んだ鉱山の社宅に人影もみられたし、学校もあったりしたのだが、いまはちょっとしたゴーストタウンで、廃屋もどんどん取り壊されつつあるようだ。

 山道入口のわきの家も、解体されたばかりとみえて、布基礎の上に柱や梁が積んであった。
 山道の入口には、「右→群馬県上野村ニ至ル 左←赤岩神社入口 柳瀬鉱業所」という石の道標が建てられていた。
 それほど古いものではないのかもしれないが、石柱はしだいに風化しつつあった。

 赤岩峠へは、人家の裏からいきなり急傾斜のジグザグ道。
 植林されたばかりのヒノキの中、どんどん高度をあげていく。
 それにしても広大な植林地だ。
 なにも今さらヒノキを植えなくても、と思ってしまう。
 前方の赤岩岳南壁が近づくと、道は左の尾根へと急登していく。

 尾根の上は、感じのよい雑木林。
 コナラ、リョウブ、ツツジ類が多く、明るい日だまり。
 アセビも多くて、来春咲くつぼみがすでに伸びている。
 早くもおなかがすいたので、ブナの壮年木の下で大休止。
 ときおり群馬側から稜線を越えてくる風はさすがに冷たい。

 この尾根の上には、ミズナラの巨木が一本あり、クマが入れそうなウロもある。
 峠への登りはジグザグ道になるので、傾斜があるわりにはらくに登れる。
 ここにも、樹種不明の巨木が二本あった。
 葉のあるときにまた、来て調べてみたい。

 深く積もった落ち葉の中を登りつめたところが、かわいらしい祠のある赤岩峠。
 赤岩岳はすぐ目の前だが、岩壁ばかりで、いったいどこから登るのやら。
 すぐ近くの木の枝で灰色の小鳥がぴょんぴょん跳んでいる。
 ヅィーッ、ヅィーッという地鳴きだ。
 姿は見えても、歌を歌ってくれないと、なんの鳥だかわからない。
 たぶんヒガラだと思うが。

 北をみると、これから向かう大ナゲシの右肩に浅間山がのぞいていた。

 露岩の尾根を少し登ると、しばらくは平凡な尾根道。
 雑木とヒノキが生えているが、このヒノキは植林ではないかもしれない。

 コメツガのあるちょっとしたピークが大ナゲシとの分岐。
 じつは、そのピークの手前に大ナゲシに向かう巻き道があったのだが、見落とした。
 コメツガとシャクナゲの中を急降下し、小さなピークを越える。
 リョウブにシカの食痕。足尾の山でよく見るやつだ。

 思ったよりいい道だ。
 大ナゲシの基部は、ちょっと手がかりの遠い岩場。
 一番最初の一歩を登ってしまえば、あとは灌木を頼りにぐんぐん登っていける。
 登りは強引に登れるが、下りのことを考えると少し躊躇する。

 山頂直下は完全に岩場だが、さほど傾斜がなく、手がかり、足ががりが豊富なので、まったく問題はない。
 それを越えると山頂で、意外にも先客の人がいた。

 展望はすばらしい。
 じつは、山頂下の岩場を登りながら、まっ白に冠雪した八ヶ岳が見えたのだが、あとの楽しみと思ってよく見ずに、ひたすら登ったのだった。
 ゴヨウマツのある山頂は期待通りの大展望。

 権現岳、赤岳、横岳、硫黄岳の右に御座山があるので、しばらく見えないが、天狗岳から蓼科山までははっきり見えている。
 先客にすぐ前に見える高い山はどこかねと聞かれたが、ふだん見なれない角度なので、少しとまどってしまったが、雁坂嶺、破不、木賊、甲武信、三宝の連なりだった。
 和名倉、雲取もここからなら、はっきりわかる。
 奥秩父のずっと奥に、雪をかぶったとても高い山がほんの少しだけのぞいている。
 たぶん金峰だろう。
 金峰が見えるとは、とてもうれしい。
 大もうけだ。
 西側は両神山塊の秘峰の数々が目白押しだ。
 南天山、天丸山、諏訪山、帳付山。
 その他名も知らぬ魅力的な山波が信州境まで続いている。
 北は、なんといっても浅間山。
 これが今日のメインディッシュだったわけだが、八ヶ岳と金峰のおかげで、ちょっと影が薄くなった。
 荒船は不思議なことに京塚のピークしか見えない。
 下仁田周辺の、なつかしい数々の峰は、申し訳ないが、有象無象としかいいようがない。
 今日はどうしたわけか、草津から谷川にかけても見えるのだが、榛名と赤城は御機嫌斜めのようだ。

 先客は、西上州の山の好きな鬼石の人。
 話が合いすぎて不思議なくらいだ。
「烏帽子、よかったですね」
「稲含からアルプスが見えました?」
「鹿岳もいいよね」
「下仁田辺は見晴らしがよくていいね」
「このへんの山は静かでいいね」

 しばらく展望を堪能して、先客といっしょに下山にかかる。
 基部のやばいところを下りながらも、同行者が鼻歌で演歌を歌っていたので、ずいぶんリラックスできた。

 赤岩峠でお互いにお気をつけてと挨拶して別れ、小倉沢へと戻る。
 南からの陽を浴びて、赤岩岳の南壁が赤く輝いていた。
 深くくい込んだ八丁沢と金山沢を詰めたところが西岳と奥ノ院(両神山)だ。
 その右、眼前の雑木のピークは狩倉岳だが、奥ノ院から狩倉岳までは、やばそうな岩峰が連なっていた。

 あらためてよく見ると、ヒノキの植林帯には、古い石垣などが積まれている。
 かつて鉱山はなやかなりしころには、殷賑を極めていたのだろう。
 消費するだけの文明の、行く末を暗示しているように思われる光景だった。