ヤブと岩の尾根を行く
−秩父槍ヶ岳−

【年月日】

1996年5月6日
【同行者】 単独
【タイム】

相原沢入口(9:20)−歩道終点(10:05)−秩父槍ヶ岳
(11:15)−アンテナピーク−(11:45)−諏訪神社(12:40)
−相原沢入口(1:25)

【地形図】 中津峡

秩父槍ヶ岳

 道ばたには釣り人の車が多い。
 これではヤマメもうんざり、だいいちサオを出す場所があるまい。

 県道から秩父槍ヶ岳の鋭鋒がよく見えるが、ほんとに登れるのだろうかと思うくらい、とがったピークだ。

 相原沢出合には「野鳥の森歩道」というりっぱな道標。
 これが秩父槍ヶ岳の登山口だ。

 りっぱな登山道をしばらく行く。
 相原沢は一見つまらない沢だが、堰堤をこえると、水量は少ないながらも好渓相。
 ミヤマキケマンやハシリドコロはちょっと見あきたが、ハルリンドウ、ユリワサビを見ると楽しい。
 フタバアオイやエイザンスミレも咲いている。
 ミソサザイが、にぎやかに春をよろこんでいる。

 野鳥観察舎というあずまやの前で、水を補給。
 ウグイスやツツドリの声が聞こえる。

 あずまやの横から、スギ林の中をジグザグの急登。
 スギ林を抜けたところに、幹の直径八十センチくらいの大きなブナの木。
 リョウブ、コナラ、アセビが多い自然林だ。
 足元にはイワウチワが点々と生えているが、花はとっくに終わったらしい。
 シカが急斜面を走ったり、ヤマドリがモモンガみたいに飛んだりして、なかなか楽しめる。

 急登一本槍のところを登りきると、「野鳥の森歩道終点」という標柱があり、登山道は終わり。

 ここからはヤブと岩稜を縫って登る。
 それにしてもひどい急登だ。
 踏みあとはかすかだが、やせ尾根なので、ルートミスのしようがない。

 アセビとコメツガのヤブもかなりのものだ。
 千メートル内外の尾根だがコメツガを見ると、深山に来た実感がある。
 ミツバツツジのピンクがめだちはじめた。

 秩父槍が近づいてくるが、登るルートがあるのか不安なくらい急なピークだ。
 やがて左が絶壁となって切れ落ちた岩場に着く。
 新緑の山肌がすばらしい。
 岩にはイワタケが貼りついている。

 きのこというより、むしろ苔に近いもので、中国では石芝と呼ぶ。地衣類のイワタケ科に属し、何年、あるいは何十年かの風雨にさらされながら、だんだんと成長するといわれている。…小さいのは径三センチくらいから、大きいのは十五センチくらいに及ぶものがあり、このようなものは何百年もたっているという説がある。…産地としては、岩手地方、上高地、秩父連山、鹿児島、宮崎地方などが知られている。いわたけが好んで生じる場所は、石英質の岩が風化し、ぼろぼろくずれ落ちるような難所が多く、いわたけ採りで墜死した例もあるから、ひとり歩きは危険である。(柳原敏雄『山菜歳時記』中公文庫)

 手の届く範囲に生えているのをいくつか採って、ザックの中の買い物袋に入れようとしたら、お昼に持ってきたうどん玉がすべり落ちて、滑落していった。
 がっかり。
 不注意だった。

 その先は、少しクライミングしてまた岩場。
 このあたりには、コメツガにまじってゴヨウマツが生えている。
 またまた山深さを感じる。

 今度の岩場は右から岩根伝いのトラバースだが、これまた急傾斜なことこの上ない。
 両手両足、両肘両膝を総動員してずり登る。
 息をつく間もない急登一時間で傾斜がゆるみ、秩父槍ヶ岳に着く。

 展望は皆無。
 山名プレートもない山頂だ。
 ヒノキの幹に白いテープが巻いてあり、「秩父槍ヶ岳」と書いてあるが、よけいなことだ。

 ヒガラ、コガラを聞きながら、やっとひと息入れられる。
 うどんを落としたのが悔やまれた。

 下山は西への岩稜をたどる。
 やがて切り立った岩場に出てしまい、尾根は通行不能。

 右から巻き下った鞍部には、中津川からの踏みあとが登ってきている。
 それを過ぎ、ほんの少し登ると、テレビの共聴アンテナのあるところに登り着く。

 いくらか刈り払いされているので、灌木越しだが狩倉尾根がよく見える。
 これまたひどいアップダウンの岩尾根だ。
 反対側は奥秩父で、雲取山、和名倉山あたりが望まれる。
 和名倉山の右のピークは龍喰山か。

 西への踏みあとがあるがこの日はここまでとし、先ほどの鞍部からの踏みあとを下る。
 沢の源頭で小石のガラ場だが、ルートは鮮明だ。

 下っていくと流水が出てくるが、源流から断続的に延々数百メートルは続く長いナメの沢。

 これはすばらしい。
 両神山金山沢の大ナメをしのぐ長さだ。
 中津川に下り着くと、そこには意外にりっぱな諏訪神社。

 相原まで県道歩きだったが、川を見ながら歩いたので飽きなかった。