股ノ沢林道・甲武信・黒岩尾根

【年月日】

1998年7月2〜3日
【同行者】 極楽蜻蛉と友人2名
【タイム】

7/2 入川ゲート(6:30)−赤沢谷出合(7:40)−柳小屋(9:45)
  −十文字小屋(1:40)−甲武信小屋(5:10)
7/3 甲武信小屋(7:45)−破不山(9:45)−雁坂小屋(12:05)
  −豆焼橋(3:30)

【地形図】 中津峡、居倉、金峰山、雁坂峠

破不山から富士山
 いつものように、駐車スペースから管理釣り場先のゲートを越えて、入川沿いの林道を歩き出したのは、6時半ごろ。

 今日は、ウェーディングシューズではなく、登山靴をはいているので、何となく頼もしい感じがする。

 早くも戻ってくる釣り人が一人。

「釣れましたか?」
「いいや。人がいたんで、帰ってきた」

 トンネル開通後、こういうケースが多い。

 今日の同行者は、同僚でカナダ人の青年P君と、英語に堪能なYさん。
 P君が帰国を前に「甲武信ニ行キタイ」というので、日程とコースを組んでみたのだった。

 林道を離れ、森林軌道あとに入る。
 岩を削って作られたレールと枕木の上を行く。

「コレハ電車?」
「ノー。これ、forest trainの跡。伐った木をこれで運んだ。昔の日本は木をたくさん伐った。今はinportしてるけど」
「ウン。カナダカラ」
「・・・」

 日本の現在の木材消費をカナダが支えていることを、改めて認識させられた。

「だから、ここは二次林」
「ニジリン?」
「ようYさん。二次林は英語でなんつうの?」
「二次林て何さ?」
「伐った跡に生えてきた森のこと。This forest is thirty or forty years old!」
「ワカッタ」

 この道は、今は釣り人の道。
 1〜2週間に一度掃除しているのだが、空き缶が2個、もの陰に隠してあった。

 森林軌道から離れると、秩父では珍しいブナとサワグルミの優先する原生林。
 このあたりでは、胸高直径1.3メートルほどのブナがいちばんでかい。
 樹齢は200年? それとも300年か。
 いつものように、この木を見上げて、感心する。
 いつまでも元気でいてほしいが、枝先からしだいに枯れてきている。
 このブナは、カナダの若者の心に、どう映っただろうか。

 今年の奥秩父の沢筋では、ヒラタケが多い。

「P君。あれはeatableだから、とっていこう。うまいぞ」
「OK!」

 先も長いのに、斜面をずり降りて何度もきのこ狩り。
 ザックがどんどん重くなる。

 柳小屋では小休止のつもりだったが、きのこつゆを使ったざるそばを食べて、ザックを軽くした。

 昨年改築された柳小屋は、新しくてきれいだが、なんとなくよそよそしい。
 奥秩父の沢歩きをする者にとって、なつかしい思い出のすべては、雨漏りのする、古い小屋と共にあったのだ。
 小屋前にかかっていた丸太橋も、壁の落書きも、木陰を求めて憩ったコメツガの巨木も、すべて消えてしまった・・・。

 真ノ沢にかかる新しい吊り橋を渡り、股ノ沢林道へ。
 かなりの急登だし、沢から離れるので、汗が噴きだす。
 歩き出しのゲートわきには、「崩壊につき股ノ沢林道は通行禁止」とあるが、大木の倒伏により登山道が不鮮明な箇所があるものの、ほとんど問題なし。

 相変わらずヒラタケが多いので、きのこ狩りがよい休憩になった。
 沢から離れてひと登りで、十文字峠直下のコメツガ原生林。

「このmossは、beautifulだろ」
「ウーン、苔がキレイ」
「?」

 アズマシャクナゲの季節には軽装ハイカーでごった返す十文字小屋も、ひっそりと静まり、ツツドリやメボソムシクイのさえずりが響いていた。

 二時前にここに着いたので、甲武信まで行けると安心した。

 展望のよい大山のピークでは、埼玉側がガスでとても残念。
 両神山に登ったことのあるP君に反対側からの両神を見せてあげたかった。

 若いP君は元気だが、本日のハイライトである三宝山の登りでは、Yさんがかなりバテてしまった。

「very tiredのことをばてる、っていうのよ。He is very tired...」
「This point is highest in Saitama!」

 甲武信小屋に着いたのは5時過ぎだった。
 小屋に荷をおき、山頂へ。
 私は、この5月に「清水武甲作品展」の荷揚げで登って以来だが、お二人は初めての甲武信。
 晴れて微風。天気も上々だ。

 小屋のスタッフと同宿の方にきのこをおすそ分けして、われわれは、ヒラタケやヤマイグチの炊き込みご飯。
 この小屋にはマッキントッシュがあって、電子メールの送受信もできるのだというと、P君がおどろいた。

 深夜、強い雨が降ったらしいが、翌朝はまたもよい天気となった。

 altitude sicknessらしいYさんは食欲がないが、今日は下りだからとザックを背負い、木賊方面へ。
 木賊山を下りきると、嘘のように頭痛が消えたというから、標高2300メートルあたりが鬼門のようだ。

 シラビソの縞枯現象の顕著なこのあたりの樹相は、とてもおもしろい。

「ほら。ここは、dead treeが倒れて、mossが覆ってるでしょ」
「ここは、adult treeの下にyoung treeが生えてる」
「ここのadult treeはみんな枯れてて、young treeがgrowing」
「こうやって、この森はrenewalするの」

 ハクサンシャクナゲは今が見ごろで、とてもすばらしいシャクナゲロードだった。

 きのこがなかったため、水の豊富な雁坂小屋で、今日はもりそば。
 さっぱりしているので、調子の戻りつつあるYさんにも食べられてよかった。

 今日の秩父への下山路は、ツンダシ峠経由ではなく、黒岩尾根。
 道のわかりにくいところが一ヶ所あったが、全行程のササ刈りが終了したばかり。
 骨を折って下さった方には、ほんとに頭が下がる。
 踏む人が増えれば、しっかりした登山道として、復活するだろう。

 緩やかに登降しつつ、高度を下げていけば、聞き慣れた滝川の渓音が聞こえる。
 コメツガ林がブナなどの混交林に変わるあたりから再び、きのこが見られだす。

 自動車をデポしておいた赤い橋まで、小屋から2時間半だった。