春の奥秩父
−瑞牆山と金峰山−

【年月日】

1989年5月3〜4日
【同行者】 単独
【タイム】

5/3 瑞牆山荘(5:10)−富士見平(5:45)−瑞牆山(7:23-7:52)
  富士見平(9:10-9:40)−大日岩(11:15)−金峰山(1:30-1:52)
  −金峰山小屋(2:07)
5/4 金峰山小屋(4:06)−金峰山(4:30-4:54)−大日小屋(7:00)
  −富士見平(8:09)−金山平(9:10)

【地形図】 瑞牆山、金峰山

瑞牆山から八ヶ岳

 八王子の駅では、大きなザックを背負った人々が大勢うろうろしていた。
 急行のなかで韮崎に停車するのは、12時過ぎのと1時ごろ発のと二本だけ。どっちに乗っても翌朝の一番バスの時間には影響はないが、騒々しい八王子で2時間近くも待つのはいやだったので、0時1分発の通常列車に乗ることにした。
 ところが、アルプス号は通路・デッキまでザックを持った人であふれており、特に自由席などは車掌がもう乗れないと叫んでいる始末。電車の端から端まで走り、ようやく指定席車両のデッキにすきまを見つけてもぐりこんだ。
 しかし、入りこむのが精一杯で、しゃがむこともできず立ったまま。もちろん眠ることなど全くできなかった。
 韮崎に着いたのは2時20分、改札を出ると構内のベンチはシュラフでいっぱい。
 周囲を見ると、バス停のベンチが空いていたので、そこでシュラフにに入って1時間ほどうとうとしていたが、向かい側のベンチでシュラフもなしに寝ていた人のいびきで目がさめた。
 4時ごろになると、あたりが急に騒がしくなり、大勢のハイカーがバス停に殺到しはじめた。
 バス停にはあっというまに長い列ができてしまい、シュラフをたたんだりしているうちに列のずいぶん後に並ぶはめになった。
 しかたなくそこで並んでいると、タクシーが何台か駅に入ってきて、客引きを始めた。
 瑞牆山荘まで8千円で行くとのこと。いい話なので、まわりの人と相談し、2つほどのグループの人たちといっしょにタクシーに乗ることにした。
 夜明けの町をタクシーはものすごいスピードで飛ばしていく。タクシー会社のマイクロバスもすごいスピードだ。広い道にくると、車は追い越し合戦を始めた。
 前に乗っている人は気持ちよさそうに眠っているが、こっちは恐ろしくてそれどころではなかった。
 谷に入っていっても、スピードは落とさず、70キロくらいでつっ走る。これでは山に着く前に命が危ない。
 おかげで、40分ほどで瑞牆山荘着。着いてしまうと、早く行動できるのがありがたい。
 バスに乗った人は、相当の時間がかかっただけでなく、値段も結局ずいぶん割り高になったらしい。こちらは、割カンでも千七百円ですんだ。
 瑞牆山荘の前から夜明けの道を歩きだしたのが5時10分、さすがに15キロほどのザックが重い。ここから富士見平小屋まではひと登りだった。
 ここにはたくさんのテントが張ってあり、あたかもテント村のようだった。
 ここからまずは、瑞牆山へ向かう。
 小屋の裏手を左側からまわりこんでゆるく下っていく道を行くと、樹林の間から真っ白な八ヶ岳が全貌を現わした。まもなく沢の音が聞こえてき、天鳥川におり立つ。天鳥川は冷たく澄んだ美しい沢。石づたいに川を渡って、いよいよ登り。
 かなり急な登りの連続だ。岩峰のかたまりの山だけあって、岩が多い。樹林の中の急登に疲れて一休みしていると、空身の年配の人や学生が何人もすいすい登っていく。
 年配の人に聞くと、富士見平に荷物は置いてきたとのこと。そういえば学生も天鳥川で荷物をおろしていた。この山は荷物を持って登る山ではないらしい。
 大ヤスリ岩が目の前に見えるあたりから、ぐっと急になる。
 若者たちにどんどん抜かれるが、ペースを乱されないように、ゆっくり、あまり休まずに登った。
 完全に凍結したところは、細い木の根をつかんでかろうじてクリア。抜け出たところが巨大な岩の林立する瑞牆山の山頂であった。
 天気は快晴、雲一つない。白い八ヶ岳がとても大きい。赤岳から硫黄岳にかけての主峰が迫力満点だ。 金峰山の稜線も力強い。北東には小川山が樹林におおわれたまるい山頂を見せている。
 南アルプスに目をやると、甲斐駒、仙丈、北岳、間ノ岳、農鳥岳が鮮明だ。その左には富士山の巨体がおさまる。
 30分ばかり眺めを楽しんだのち、下りにかかった。
 再び富士見平に着いたのは、9時すぎ。あまり疲れていないので、ここで、この日のうちに金峰山登頂と決定。腹を決めて食事にした。
 9時40分に行動開始、尾根の急坂を登り始める。行動開始時間としてはそんなに遅くはないが、昨日の睡眠不足のため、お腹がいっぱいになったとたん眠気が襲う。飯森山の南面を巻くあたりは下が凍結しており、石の上を選んで歩いた。巻き道から大日小屋まではさほど急でなくなり、ややピッチも上がった。
 大日小屋前で休憩。テントもいくつか張ってあるが、思ったより静かだ。こ こで水を補給。ここからの登りは下が完全に凍っているところが多く、アイゼンをつける。
 大日岩の基部に出たところが長野県側への峠にもなっていて、小川山まで3時間という道標も立っていた。
 ここからは圧雪の上の快適な登りとなるが、急登につぐ急登だ。金峰山で最もつらい登りはこの部分じゃないかと思う。歩くペースもここにきてぐっと落ちる。雪の上に出た岩を見つけると、岩が休んでいけといっているような気がして、思わずザックをおろしてしまう。15分に一回くらい腰をおろしてしまうのでいっこうに空が見えてこない。完全にばててしまった。
 樹林帯を抜け出たところの岩稜が千代の吹上げで、いつのまにか空はどんよりと曇っており、山梨県側からは強風がやせ押根に吹き上げていた。
 ガスに見え隠れしている五丈岩がかなり近くなった。ここからは稜線の北側を巻いていくのでハイマツとシャクナゲの上に積もった雪の上を行く。悲鳴と人の滑る音が下の方でしたので見ると、金峰山小屋から千代の吹上げへ行く巻き道で人が滑っていた。幸いすぐに止まったが、ずっと滑っていったら危ないところだ。

金峰山からの富士山

 五丈岩の前の広場に着いたのは1時半。
 小雪が舞い始め、天候はよくなかったが、五丈岩のまわりには人々が憩っており、学生が岩のてっぺんに登ったりしていた。疲れと強風でそんな気にもなれず、ザックをおろした。
 非常に寒くなってきたので、20分あまりで山頂をあとにし、金峰山小屋の方へと向かった。
 雪がハイマツの上に深く積もっており、ところどころハイマツの上を踏みぬいた痕がある。15分でこいのぼりの泳ぐ金峰山小屋に着いた。
 予約していなかったのだが、二階の一画を確保してもらえた。やっと肩幅程度のスペースだが、やっと落ち着けた。まわりの人と話をしているうちに眠くなりうとうとしてしまう。
 3時半過ぎになると、宿泊者はどんどん増えて来、しだいに動くのも大変になってくる。強風とあられ、雷が荒れ狂っているため、これからもっと入ってくるだろうと小屋の管理人氏が言っていた。
 外で晩飯にしようとしたが、風よけを持っていないと風のためガスが消されてしまいそうだった。
 食事をすませて、あとは寝るだけだと、自分の場所にもぐりこんでうとうとしていると、管理人氏が上がってきて、シュラフを持っている人はいないかという。聞けば、このままではとてもこれから来る人を収容できそうにないので、シュラフ持参者には別棟の従業員用の部屋に廻ってもらいたいのだという。せっかくの場所を明け渡すのは残念だが、やむをえない。話をしていた人にあいさつし、小屋の外に出た。
 そっちの部屋に行けといわれたほうに行ってみると、そこはもう満員で、中にいた人たちがもう入れないのにとぼやいていた。
 そんなことをいわれても困るので、無理矢理もぐりこむが、横になることもできない。はじの方では学生が寝転んで酒など飲んでいたが、こっちは横になるため他人を押し退けようと悪戦苦闘。
 努力した結果、どうにか変な格好をすれば横になることができるまでにこぎつけた。しかし、両足の上に他人の足が乗っており、じっとしていると重くて、そのうちしびれがくる。足を必死で動かして上に出すと、うとうとできるが、いつのまにか、足の上がまた重くなっている。
 寝ていると負けてしまう。目を覚ましているほうが楽な姿勢を勝ちとることができる。向かい側の高校生に顔を蹴とばされる。こっちはその足をつかんで押しもどす。一晩中みんなが戦っていた。
 2時過ぎ、隣に寝ていた男がトイレに立った。立ったものは試合放棄だ。私はその人の場所をありがたく横取りした。ずいぶん楽になり、しばらく眠れた。トイレから戻った隣人はもう横になることもできずに座っていた。気の毒だがしかたがない。
 しばらくすると横に寝ていた若い人がヘッドランプをつけて起き上がった。重そうな三脚を大事そうに 抱えている。時刻は3時15分。私も部屋から飛び出した。
 空には満天の星。これはゆっくりしていられない。小屋の外に積み上げてある靴とザックの山から自分のを探しだし、コンロに火を入れる。
 何だか腰が痛い。一晩中変な格好で力を入れていたせいだ。
 支度を整え、山頂に向かう。4時半に五丈岩前到着。

金峰山の黎明

 東の空が見る間に赤く染まっていき、国師ケ岳や甲武信ケ岳のシルエットが浮かび上がってゆく。人々がしだいに集まり始めた。
 一晩私と戦い続けた高校生の顔もあった。ご来光4時45分。あたりの空は一段と赤く染め上がり、青黒かった中空に周囲の雪山が白く浮かび上がる。
 富士山。南アルプスの山々。甲斐駒の右には中央アルプスの峰が連なっており、木曽御岳山が他を圧倒する大きさだ。西を見ると、八ヶ岳が刻々と色合いを変えていく。ここから見る八ヶ岳は、なんと いっても赤岳だ。他のピークから頭一つ抜けた赤岳こそ八ヶ岳の頂上だという感じがする。その向こうの北アルプスはもはや判別しがたい。
 帰りは、展望満点の稜線をごきげんの下り。大日岩あたりから登ってくる人の数が急に増え始めた。
 大日小屋前まで来てアイゼンをはずす。7時。ここでお腹がすいてきたので、昼食?とする。もって来た水を全部使って、荷を軽くした。
 富士見平に着いたのが8時すぎ。山の上と違って新緑が美しい。マイカーがビュンビュン登ってくるのには閉口する。金山平でタクシーが停まってくれた。増冨までいくらで行くか尋ねると、韮崎まで三千五百円でどうだというので、半額なら安いと思い、乗ることにした。