湿原の風に吹かれて
−鬼怒沼から小淵沢田代−

【年月日】

1999年8月3〜4日
【同行者】 単独
【タイム】

8/3 大清水(7:00)−大ナギ沢出合(7:35)−物見山
  (10:20)−鬼怒沼(10:50)−小松湿原分岐(1:10)
  −黒岩清水(2:00)−赤安清水(3:55)
8/4 赤安清水(5:20)−小淵沢田代(6:30)−大清水(9:15)

【地形図】 三平峠、川俣温泉、燧ヶ岳

鬼怒沼湿原から奥白根

 大清水から根羽沢沿いの林道を行く。
 三平峠に向かう道とちがって、登山者も釣り人もいない。
 ウバユリが咲き、ヤマブドウが青い実をぶら下げていた。

 大ナギ沢出合で、早くも大休止。
 ここからの登りは、長くてつらそうだ。
 ざるそば一枚半食べて歩き出すと、林道が終わり、湯沢を渡渉して、物見山への急登が始まった。

 登山道は、地形図通り、忠実に尾根を登っていく。
 アスナロ、ゴヨウマツ、クロベなどの針葉樹がほとんどだが、しばらく登ったところに、ミズナラの巨木があった。
 小休止をかねて、ミズナラとの記念撮影。

 湯沢、北湯沢流域は針葉樹に覆われた、深い森だ。
 またたくまに高度が上がるので、四郎岳や燕巣山など、先週も見た山が、反対側からのプロフィールを披露してくれた。

 標高1800メートルを超えると、シラベが多くなり、至仏山や燧ヶ岳、平ヶ岳も姿を見せた。
 燧が望まれる、コキンレイカの群生地で、知らずにブヨを吸い込んでしまい、たいへん往生した。

 ようやく登り着いた物見山は、シラベとダケカンバの樹林で、展望なし。
 三角点もないが、十分に報われる山頂だった。

 少し下ると、待望の鬼怒沼。
 天気はまたまた、快晴。
 特別に善行を積んだ覚えはないが、地道に働いているところを、神様が評価してくれたのか・・・。
 そんな突拍子もないことを考えてしまうほどに、澄んだ青空と、命を洗い、すすいでくれるそよ風が、迎えてくれた。

 沼越しに、青空を背景にそびえる、奥白根山と根名草山。
 キンコウカ、ミズギク、イワショウブ、タテヤマリンドウ、ミズギボシ、アキノキリンソウなどが咲き、ワタスゲが風に揺れていた。

 今日はじめて出会った、中高年ハイカーが二人。
 足利から来たという話好きのおじさんの突くストックが、モウセンゴケのベッドに刺さると、こっちの心臓が痛くなる。
 早々にいとまを告げて、北東に向かった。

 双耳峰の鬼怒沼山の鞍部を越えると、太郎山・小真名子山・女峰山が望まれる。
 先日、根名草山からこれらの山が見えなくて、残念だったが、思いが果たせた。
 眼下には、川俣湖。

 少し下ると、尾根が拡がり、倒木が散乱する中、道は曲がりくねるが、わかりにくいところは全くなし。
 シラベが多く、足元にはオサバグサ、カニコウモリ、ゴゼンタチバナなどが、遠慮深げに生えていた。
 とくにめだつのは、ハリブキで、茎にも葉にも針を突き立てた恐ろしげな木が、到るところに生えていた。
 これも、若い芽なら、なかなか香ばしくいただけるのだが、花や実となるこの時期になると、どうしようもない。

 ちょっと飽きるころに、小松湿原の分岐。
 登山道のわきに冷たい水がよく出ていた。
 ここで二度目の大休止。
 ここまで、水は一滴も持ってこなかったのだが、ここで十分に補給した。
 小松湿原にも行ってみたかったが、先がまだ長いので、パス。

 そこからほどなく、黒岩清水。
 水流のほとりに、ミズバショウやオタカラコウが群生する、小さなスペースだ。
 テン場として整地したあともあったが、今日はもう少し足を延ばすことにした。

 このコースは、ほとんどシラベの樹林帯の中を行くのだが、きのこは到って少なく、ここまでに、サマツモドキ、カバイロツルタケ、マスタケなどを見たのみで、おかずになりそうなものは採れなかった。

 黒岩山の巻き道に入ると、行き先の書いてない分岐。
 これが田代山方面への廃道の入口だろう。

 ゆるく下っていくと、さっきは右に見えた太郎山と男体山が、今度は左に見えた。
 不思議なことに、黒岩山の下りから先で、オサバグサはちっとも見なかった。
 ユキザサの群生地が何ヶ所もあるが、この春の、熊のエサがよほど少なかったものと見えて、どこも葉をかじられていた。

 4時前になって、ようやく赤安清水に到着。
 ロープにすがってガケを下ると、よい水がでていた。

 テントを張り、ビールを飲んでいると、ジェット戦闘機の轟音。
 この日は、この山域で何度も行ったり来たりしていたので、さては山登りしてる間に戦争でも始まったかと、要らぬことを考えてしまった。

 翌朝は、頭上でいきなりコマドリの声。
 そういえば、コマドリのさえずりは目覚まし時計に似ていなくもないが、あの不愉快な機械音とは、雲泥の差だ。

 ややガスが巻く天候ではあるが、ゆっくり休んだので、体調もよい。
 袴越山の巻き道からは、朝日に映える会津駒ヶ岳がとても近い。

 ネマガリタケに覆われたダケカンバの若木林になると、すぐに送電鉄塔。
 鉄塔の竣工記念碑が建っているが、鉄塔工事の際に使ったとおぼしきワイヤが、そこら中に散乱している。
 記念碑を建てる前に、こっちの始末をせいと言いたくなった。

 尾瀬沼には行かない予定だったのだが、小淵沢田代までは行ってみた。
 湿原の入口にクロベの大木があり、その先に檜高山を背景にした、美しい傾斜湿原が広がっていた。
 そこでしばらく、ナカボノアカワレモコウ、キンコウカ、ミズギク、ミズギボシ、モミジカラマツなどを愛で、少し戻って、大清水へ直接下る道に入った。

 ゆるく下ると、いきなり水量のある沢が流れていて驚くが、これがこのあたりの森の底力というものだろう。
 この路傍でオオヤマサギソウを見た。
 この花は初めてだった。

 1時間もしないうちに、ニゴリ沢の林道に出た。
 伐採のあと、放置したのだろう。柳が群生していた。

 さらにしばらくで、悪名高き奥鬼怒スーパー林道。
 車が走りやすいように砂利が敷いてあり、ガードレール・カーブミラー・待避所完備の立派な道だ。
 両側はカラマツの植林地がよく育っているが、「私有地につき林内立入禁止 尾瀬林業」や「きのこ・山菜採取禁止」や「国立公園内につき釣り禁止」などの看板がそこら中に立っていた。
 これでは、奥鬼怒林道はまるで、尾瀬林業のための道路と見える。

 どういうわけか、伐り残された大きなミズナラが道路のわきに生えていた。
 工事担当者ないし林業関係者の良心が、この神秘的な大木には、鋸を当てさせなかったのか・・・。
 自然林からしみ出る水に、カラスアゲハが10数頭とコムラサキが1頭、吸水していた。

 道ばたにからんだクロイチゴが色づきはじめていた。
 甘酸っぱいその実を食べながら、大清水へと下った。