自転車で駅までいってから、財布を忘れたことに気がついた。
ウェストポシェットの中に、小銭が少々。
今日はこのお金で山行するしかない。
正丸駅までの切符は220円。
坂元集落の方へ向かい、旧正丸峠方面への道標にしたがって集落に入る。
ご老人と子どもが里芋の茎の皮むきをしている。
猫が寝ころんで毛づくろいをしている。
別のご老人が道ばたに座って、柿の皮をむいている。
「いいあんばいです」
「ああ、いいあんばいだね」
こういう会話を交わしながら、陽当たりのよい山村の、人家をぬって歩く。
これが奥武蔵の山歩きだ。
最後の人家を過ぎ、沢沿いの植林帯。
日だまりでアカタテハ、ルリタテハが最後の舞を舞っていた。
植林帯なので、見るべきものはとても少ない。
マムシグサの実、サラシナショウマの咲き残り、ムラサキシキブの実が眼を慰める程度だ。
1時間ほどで、旧正丸峠。
何人かのハイカーが行き交う中、ちょっと短い大休止。
小鳥の声もなく、風もないので、木の葉のざわめきも聞こえない。
秩父側から遠く工場の音が、かすかに聞こえるだけなので、コッヘルの金属音やガスの燃焼音が、うとましい。
初花集落に向かう、秩父側の下りは、雑木の二次林なので気持ちがよい。
ミズナラ、ヤマザクラ、リョウブ、マンサクなど。
下生えはクロモジやコアジサイなど。
正丸側がほとんどアオキだったのと好対照だ。
すぐに林道終点に下り着く。
あとは県道まで、林道歩きだ。
追分の道しるべという地点に、地蔵が二体と馬頭尊が一体。
馬頭の表情が、とてもやさしげだ。
人家の庭先を林道が通って、名栗への県道。
車道をしばし歩くと、松枝集落。
二子山入口というバス停のあるところから、焼山沢に沿った林道が登っていくので、そちらに入る。
この林道は、たしか稜線まで登っていたはずだ。
「會艸附木之含霊供養善根塔」という石碑があるが、よく意味がわからない。
途中から、二子山への山道に入り、ひどい急登でようやく尾根。
ここも、右は植林、左が自然林だ。
登りついたのが焼山の北あたりなので、二子山まではしばらく歩ける。
樹間から秩父の町並みが見え隠れする中、目は左側にばかり向いてしまう。
急登しばしで三角点のある雄岳。
以前は展望がなかったが、西側が切り払われたおかげで、御荷鉾、赤久縄、浅間、両神、二子などがよく見えるようになった。
でも、雌岳の方が好展望だったはずなので、休まず雌岳に向かった。
すると、こちらは自然林が育ってしまって、展望皆無。残念。
しかたなく、小休止ののち、富士浅間神社を経て芦ヶ久保へ下りる北西尾根を下った。
このルートは初めてだが、急降下すると不思議な洞窟の前を通る。
入ってみたいが、気味が悪い。
さらに急降下で、絶壁の上に鎮座する富士浅間神社。
近年補修されたものらしく、こぎれいな神社だが、ここまでお参りに来るのはかなりたいへんだ。
芦ヶ久保までもやはり急降下だった。
ここからの帰りの電車賃は150円。
お金は、じゅうぶん間に合った。