翌朝は、すばらしい天気だった。
目を悪くしてから、降るような星空を見た記憶がないのだが、目のいい人は、すごい星空を見ることができたのではないだろうか。
3時には八本歯近くに見えた月が、炊事などしている間に東に移動すると、雲海に浮かぶ富士山も見えてきた。
4時半に出発して、中白根への登りにかかると、ご来光となった。
ほぼ快晴で、富士山・鳳凰三山・奥秩父・北岳・駒ヶ岳・仙丈ヶ岳などが一望できた。
ゆっくりペースだが、中白根の登りはけっこう長いので、中白根で小休止。
これから向かう間ノ岳の膨大な山容が、すごいボリュームだ。
間ノ岳へは、さほど大きく下るのでなく、小ピークも巻いていくので、長いがさほどきつくない。
イワギキョウ・チシマギキョウ・ミヤマクワガタ・ミヤマオダマキなどを愛でながら登る。
5年前には冷たいガスの中だった間ノ岳だが、今回は、晴れて涼風の心地よい山頂だった。
北岳には雲がかかり始め、駒ヶ岳あたりもはっきりしなくなってきた。
南を見ると、塩見岳・悪沢岳・荒川中岳・赤石岳は見えていたが、聖岳は山の陰に入って、見えなかった。
この日は、まだ先が長い。
これから、足元はるか下に見える、農鳥小屋への大下降と、目の高さにそびえる西農鳥と農鳥岳への急登だ。
農鳥小屋へはタカネツメクサ・チシマギキョウなどを見ながらの下りだ。
登るよりラクだとはいえ、農鳥岳がどんどん高くなっていく。
下り着いた農鳥小屋では、小屋前の広場で小休止。
あとから到着した高校生パーティが、芝草の上にザックを下ろしたとたんに、小屋番のオジサンにいきなり怒鳴りつけられていた。
この日の激しい登りは、西農鳥への登りでおしまいだ。
この登りで、ライチョウの親子を見かけたが、さすがにひなたちはずいぶん大きくなっており、黄色いヒヨコではなく、成鳥のような色になっていた。
見た目はきつそうだが、実際にはさほど長い登りでもなく、非常にゆっくりペースだったので、ほとんど疲れることなく、西農鳥手前のピークに立てた。
農鳥岳へはほぼトラバースで行けるので、登り下りは少ない。
前回来たときには農鳥岳で大展望が広がったのだが、この日はすでに雲がかかってきて、展望は得られなかった。
この日はこれで、3000メートル峰を4つ越えた。
次の泊まり場への急下降は残っているが、時間的にも、日没近くなるようなことはなさそうだ。
とりあえず、ひと安心の農鳥岳だった。
大門沢下降点までは、ひと下りだ。
下降点で小休止。
じっとしていると非常に寒いので、合羽を着込む。
下降点から少し下ると、風下に入るので、すぐに暑くなった。
灌木帯に入っていくと、イワカガミやアオノツガザクラ・シナノキンバイ・ウサギギク・ハクサンイチゲ・ミヤマキンポウゲ・シナノキンバイ・タカネグンナイフウロなど、湿性の花が見られた。
あとは、針葉樹林帯の、淡々とした急下降が続く。
左から大門沢の沢音が聞こえてくると、カワラナデシコやシモツケソウ・センジュガンピが咲く一角に出る。
傾斜はゆるむが、大門沢小屋は、まだ先だった。
小屋に着いたのは、14時半。
まずまずの時間に、重荷を下ろすことができた。
高台のテント場は、社会人ハイカーによって、ほぼ埋まっていたので、小屋の裏手の樹林帯のテント場を使わせてもらった。
高台は景色がよいが、この日は曇っていたので、樹林帯でも変わらないと思った。
地面が柔らかいので、ツェルトは立てやすかった。
食事をすませてしばらくで、眠気が襲ってきた。
前夜の睡眠不足と、この日の行動の疲れが出たのだろう。
沢音を聞きながら、この夜はよく眠れた。
翌朝も、4時半にいいスタートを切ることができた。
すぐそばで幕営していた高校生たちは、4時過ぎに出発したが、石がごろごろしていて足元が悪いので、苦労したのではなかろうか。
奈良田に着いたとき、ひどく怪我をした子がいたようだが、あまり早く出発するのはどうかしていると思う。
最初は、怪しい橋で沢を渡り返しながら、下っていく。
右岸を高くトラバースするようになると、原生林で、大きなツガの木などもあって、風情がよい。
尾根を乗っ越すと、ぼんやりした沢状のところで、シナ・サワグルミ・イタヤカエデ・カツラの大木がある。
急降下して大コモリ沢で小休止。
ここまで来ると、林道も近い。
吊り橋まで来ると、三段堰堤が見えてくる。
三段堰堤の最上段の側壁が大崩壊したらしく、最後の吊り橋を渡ったところで、すぐ下に車道があるのに、大高巻きさせられた。
車道は、崩壊地の法面補強工事に使われているらしく、砂防堰堤を作ったのが原因で斜面崩壊が起き、建設業者にとっては美味しい公共事業を提供しているという構図が、とてもわかりやすい。
あとは奈良田まで、小1時間ほど、車道を歩くだけだった。
温泉に入って汗を流すこともできたし、予定していたバスに乗ることもできたのだが、電車を乗り継いで秩父に戻ったら、土砂降りの雨が待っていた。