兵どもの夢の跡
−小谷城址−
【年月日】 |
2017年8月12日 |
【同行者】 |
単独 |
【タイム】 |
小谷城戦国歴史資料館(12:16)−清水谷分岐(13:20)
−大嶽(13:39-14:01)−小谷城戦国歴史資料館(14:43)
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【地形図】 |
虎御前山
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夜に眠らないのは無理なので、眠くなる前に出発して、双葉SAで眠る。
この日、双葉に着いたのは夜中の2時ごろだったが、ほぼ満車状態だった。
お盆のUターンラッシュ恐るべし。
名神に入るまでは順調だったが、一宮あたりから関ヶ原までは、ずっとノロノロ運転だった。
ナビは長浜インターで降りるよう指示してきたが、この年できたばかりの小谷城インターを降りれば、城址資料館はすぐだった。
資料館の見学はあとにして、ザックを背負い、大手道の近道に入る。
防獣柵を出て、尾根の上にゆっくり登っていく。
車道と何度か接近するが、尾根上の登山道を登っていく。
琵琶湖周辺の山道は、いかにも養分のなさそうな、痩せた土壌が特徴的だ。
草花も咲いておらず、きのこも出ていない。
番所を過ぎると、城址に入っていく。
お茶屋・馬洗池・赤尾屋敷・桜馬場と登って、大広間。
広い平坦地だが、もちろん500年前の造成地である。
ここと、すぐ上の本丸が小谷城の核心部だ。
本丸を過ぎると一旦下る。
大堀切は、本丸を守る最後の空堀で、北西側は自然石の崖になっていた。
さらに登ると中の丸・京極丸・小丸で、このあたりも大きな郭跡だ。
このあたりで、チチタケなどベニタケ科のきのこ、キアミアシイグチなどが、いくらか出ていた。
ここまでが城主や家臣の詰める純軍事施設らしい。
その上は山王丸で、社があったのだろうが、比叡山との関連施設かと思われる。
しばらく進めば六か寺のおかれた六坊。
こんなところから、戦国武将の精神世界をうかがうことができる。
岩尾の展望地からは、豊饒な近江平野の一角が望まれる。
伊吹山には雲がかかっていた。
最高点は大嶽(おおづく)で、ベンチがあったので、大休止。
展望はない。
赤トンボでなく、麦わらトンボが飛んでいるのは、水田地帯らしい。
帰路は、福寿丸・山崎丸の尾根を下った。
こちらは痩せ尾根で、郭などを建てるスペースがほとんどなかったからか、史跡は少ない。
下山ののち、資料館を拝観したが、ボランティアかもしれない係員の方が、とても親切に解説してくださった。
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