塩原温泉から日留賀岳

【年月日】

1996年7月16日
【同行者】 単独
【タイム】

小山氏宅(6:20)−水場分岐(7:10)−日留賀岳(9:40)
−小山氏宅(12:30)

【地形図】 日留賀岳、塩原

アスナロ林

山頂から見た男鹿山塊

 二ヶ月半ぶりに山登り。先月沢で浮き石を踏んだ際の捻挫の後遺症がどうなっているかもよくわからないが、数年来の課題だった日留賀岳に登ってみた。

 早起きをして東北道へ。高速道路はガラガラだ。これだから山登りはウィークデーに限る。

 西那須野塩原ICから国道400号を塩原温泉へ。木の葉化石園への分岐を右に折れ、白戸の集落を抜けて登山口の小山氏宅近くの林道で駐車。ガイドブックには小山氏宅の駐車場に停めることも可というようなことが書いてあるが、いくらなんでも人の庭にだまって車を止めるわけにはいかない。かといって、六時過ぎから登山のことなんかで、ひとさまの家を騒がせるのも申し訳ない。だから、林道の広くなったところに自動車をとめて小山宅の裏手を登ろうと歩き始めた。

 ところが、もたもた歩いている私の姿が、朝早くからダイコンの出荷で忙しそうな若主人の目にとまり、親切に登山道を教えてくれた上、玄関にある登山者名簿に記帳していくように言ってくれた。

 恐縮しながら奉加帳に記帳すると、この家の若奥さんが玄関においてあった日留賀岳のくわしい登山ガイドをくれた。この日の山行はここの玄関先からはじまった。

 下生えのオオバギボウシの咲くスギ林を歩いていくとなかなかみごとなタケ林となり、気持ちのよい雑木林の中のゆるやかな登りとなる。ようやく梅雨明けしたばかりなのに、地面にはいろいろなキノコが出はじめている。テングタケや名前のわからないイグチ、ドクベニタケのなかまなどにまじってカバイロツルタケやヌメリイグチなどもさりげなく出ている。

 「日留賀嶽神社改築寄進」と彫られた昭和37年の石碑を見てしばらくで小尾根の上の道となる。傾斜が増すので暑さがからだを包む。シロバナイチヤクソウが可憐だ。

 30分ほどで送電鉄塔をくぐり、荒れたシラン沢林道に飛び出す。背後にこの春、スキーで登った高原山がとても近い。

 林道は赤っぽい岩盤をくずして作られているが、のり面の大崩壊がはなはだしい。道の山側が大伐採(皆伐)されているが、トリアシショウマやオオバギボウシ、オカトラノオなどが繁茂して、おりしもちょっとしたお花畑と化している。

 それにしても、目の前のシラン沢林道はおぞましい姿だ。伐られたのは20年から30年生くらいのスギとみられるが、伐採時の遺物の細枝やガレて落ちてきた石が谷側に捨てられてシラン沢源頭を埋めている。あたりには、至るところにタラノメが生え、クマイチゴやオナモミなどのトゲ植物がタケニグサとともにはびこっている。まるで地獄だ。いくら魚族不在のシラン沢とてひどすぎる。

 伐採は数年前らしいがその後新たに植林をした形跡はない。できればこのまま自然林の回復を期待したいところだ。

 林道終点からようやく登山道に戻る。すぐに水場道の分岐だ。この分岐から水場まで実働四分、冷たい水がわくよい水場だ。

 登山道はカンパ類の多い二次林からカエデ類の二次林へ、さらにカレ沢をわたってカラマツの植林地に入っていく。ウグイスやアカハラのさえずりが響いている。いくらかササがあるのだが下地のよいところも多いから秋のハナイグチ、ホテイシメジ、キヌメリガサなどが期待できそうだ。黄色いキノコがあるのでまさかキヌメリガサかと思って拾いあげてみるが、アンズタケの仲間のようなキノコだった。

 少し傾斜のあるササ帯を抜けるとミズナラ混じりのブナ林となる。モミの幼樹やシラカンバもある。ブナは50年から100年生くらいか。なかなか風情のよいところだ。道は南へとトラバース気味に登っていき、尾根の上に出る。

 尾根も感じのよい自然林だが若いミズナラが多い。かなり急な登りになり、ひさびさの山登りとあって息があがる。しばらく登ったところにゴムタケの生えた倒木があったので腰をおろした。

 夏の山は久しぶりだが、この暑さはやっぱり骨身にこたえる。やっぱり沢がいいなあという気もする。もうちょっと標高のある山なら涼しいかもしれないが、日留賀岳のこの静けさはほかに代えがたい。それに登りたいと思う山に登る方がはるかに満足感がある。

 その先も急な登りが続く。ようやく傾斜がゆるむとちょっとした広場となり、ミズナラの大木やコメツガがネマガリタケのなかに生えるといった雰囲気となる。ここでクロジのさえずりを今年初めて聞いた。

 すぐにまた傾斜が出てき、アスナロの林となる。このコース、林相の変化がなかなかドラマチックだ。アスナロの樹間から日留賀岳がのぞくが、山頂はまだはるかかなただ。コマドリ、ホトトギス、ツツドリなどもすぐそばで鳴き始めた。

 朽ちかけた木の鳥居をくぐると、いったん下りになり、いよいよ日留賀岳への長い登りがはじまる。樹林が浅くなり陽光のはいるところにはトリアシショウマ、カラマツソウ、イブキトラノオなど地味な花の湿性お花畑となっている。このあたりはギョウジャニンニクの群生地でもあるのだが、ギョウジャニンニクはすでに黄色くホウけてしまっている。シランらしきランの葉もあるが花がらがないので、断定はできない。ツバメオモトはすでにみどり色の実となっており、レンゲショウマはつぼみを開く直前だ。

 急な登りが続き、とてもつらいところだ。メボソムシクイのさえずりが「モウジキ、モウジキ」と聞こえる。アリガトヨ。これが八ヶ岳あたりだと「銭取り、銭取り」と聞こえるらしいのがおもしろい。

 字の消えかかった小碑を右に見るといよいよ頂上が近くなる。ここまで来てゴゼンタチバナ、マイヅルソウ、ツマトリソウの夏山樹林帯の定番といえる花が咲きそろう。

 右手はるかに塩那スカイラインの醜い姿が見えると、日留賀岳のピークも間近となる。登山道は森林限界線を出入りするようになり、シャクナゲやハイマツ、アオモリトドマツ、アスナロなどが多くなる。木のないところにはアキノタムラソウ、ハクサンチドリ、キバナニガナが咲いている。ハクサンフウロも生えているが花にはまだ早い。

 9時40分、さえぎるもののなにもない日留賀岳着。赤トンボが乱舞している。日留賀嶽神社と彫られた真新しい石祠と寄付者の芳名碑がある。

 梅雨明けが宣言されたとはいえ、梅雨前線は東北に停滞している。それを思えばよく晴れたほうだ。しかし、湿度が高いせいだろう、もやがかかっていて展望には今一つだ。

 間近に見える鹿又岳、大佐飛山、男鹿岳はりっぱだが、塩那スカイラインがこれらの秀峰をひどく傷つけている。この無意味な道さえなければ男鹿山塊は首都圏にいちばん近い秘境であったかもしれない。

 会津方面では、低山だが貝鳴山の姿がすっきりしていて美しい。妙義周辺で見る稲村山に似ている。これはチェックものだ。さらに荒海山の双耳峰もめだっている。去年登ったこの山も、形の美しい山だ。那須方面や高原山方面はぼんやりとしか見えず、ちょっと残念。

 山座同定と食事で20分、比津羅山の上空あたりに黒い雲がわき始めた。那須の方でも入道雲ができかけている。もっとゆっくりしたいが、天候の急変もあり得る感じなので、来た道をそろそろと下山にかかる。

 帰りはゆっくりなので、ギョウジャニンニク群生地の近くにあったこのコース最大のミズナラや天然アスナロ林などの写真を撮りながら下っていった。日ごろの行ないがよいせいか、登りの時には目に入らなかったウスヒラタケの群生を発見。ありがたくちょうだいする。

 ゴムタケの倒木でふたたび休んだ以外、ずっと歩き続けたので、登山口に着いたときにはさすがに疲れてしまった。

 下山後、共同浴場の「いさきの湯」に行った。ここの男性風呂は源泉が出しっぱなしになっていたため、熱くて入れなかった。また洗面器もおいていないので、お湯でからだの汗を流すことしかできなかった。それでも、気持ちよいことこの上ない。塩原町に感謝、である。

 ウスヒラタケは帰宅後、夕飯のおかずのマーポドーフに入れていただいたが、まだずいぶん残っている。