源田温泉熊田屋旅館はこぎれいな新館の奥に、昔ながらの本館がある小さな温泉宿だった。
いつも不思議に思うのだが、新館と本館をつなぐ廊下というのはなぜどこも微妙に傾斜しているのだろう?
設計の段階で廊下が傾斜しないようにすることがとてもむずかしいとは思えない。
新館を建てているうちに地盤が沈下してしまうということも一応考えられるが、どこの旅館でも急激な地盤沈下が起きるということもあり得ないはずだ。
とにかく源田温泉熊田屋旅館の新館と本館の間も微妙に傾斜していたのだった。
案内された部屋は湯治宿らしい小さな6畳間だった。
風呂は新館にあって小広くとても清潔。
安達太良山での4時間半のラッセルで足の筋肉がすっかり張ってしまったのだが、両手両足を思いきり伸ばすと気持ちがよい。
11時間の睡眠をとった翌日も、移動性高気圧の圏内ということで快晴模様だった。
熊田屋の前から林道に入り、美しく紅葉した山腹を自動車で登っていく。
登山口を過ぎ、山頂から北に伸びる尾根を乗っ越すところに踏みあとがおりてきていたので、そこにMTBをおろし、あらためて登山口から登りはじめた。
登山口には案内板があり、本宮まで千六百メートルとある。
カエデ類やミズナラなどの雑木林の中、登山道はゆるやかで歩きやすい。
雑木におおわれた晩秋の里山にはほのぼのとした暖かみがあってよい。
落ち葉を踏みながらのんびり登っていくと、百メートルごとに本宮までの距離を記した札が立っていて、山頂がどんどん近くなる。
雑木の尾根を登りつめると、宇奈己呂和氣神社の鳥居をくぐって山頂。
登山口から40分少々だった。
知った山が多いわりには、この角度から見たことがないので、なかなか新鮮な展望。
昨日登った安達太良連峰はやはり立派。
そのすぐ左のほとんど雪のない低山は額取山。
額取山も展望がよいらしいので登ってみたい。
その左はるか向こうの冠雪した連山は吾妻連峰。
磐梯山や猫魔ヶ岳の山腹はスキーのゲレンデだがもうすべれそうなほどまっ白な帯となっている。
磐梯山はかっこうのいい山なのだが、開発による傷だらけで、もはや美しいとはいえない。
猪苗代湖の左は、ずいぶん大きな台形型の大戸岳。
南は二岐山と那須連峰が印象的。
茶臼岳の噴煙がここからも見えている。
昨年来登っている阿武隈の山は東側にあるのだが、雑木が繁っていてよく見えない。
眼下の安積平野は稲刈りが終わったあと。
会津と中通りとを分かつ、このあたりの山から流れ出る水が、「ひとめぼれ」の栽培を支えているということがよくわかる。
山頂からは北へのあやしい踏みあとへ。
雪がいくらか残っていて、道のかたちが消えているが、名も知らぬ赤い実やムラサキシキブなどを愛でながら、尾根をはずさないように降りていく。MTBのところに着くまで20分だった。
まだ11時前だったので、こんどはすぐ近くにある妙見山に向かった。
登山口がわからず、少し迷ったが、同行者が地元の人に尋ねたらコンクリートの鳥居のあるところにたどり着けた。
林道はまだ続いていたが、急に道がなくなったりしては困るので、鳥居のところに自動車をとめた。
太い注連縄を張った巨大なヤマナシのわきを過ぎると、小広い駐車場のようなところ。
どうせならここまで自動車に乗ってくればよかったとも思ったが、あたりの紅葉を楽しみながら林道をのんびり歩くのも悪くなかった。
飯豊和氣神社と書かれた額のある、木製の鳥居のところで小休止し、少し行ったところが最後の広場で「御大典記念」と彫られた石碑が倒伏していた。
古い碑なので昭和天皇の御大典だろうが、こういう碑が朽ちていくのもまた歴史だ。
ここからは広い道ながらジグザグの急な登りとなる。
あたりは感じのよい二次林で、雑木林のキノコが出そうなところだ。
直登する踏みあとがあるのでそれを拾いながら行くと高度がかせげる。
スギを植えたところを過ぎ、山頂に近づくとブナやミズナラの自然林となる。
大木はさほど多くないとはいえ、こんな里山でこういう樹相が残されているのは貴重だ。
「御田神社」と墨書された赤い布がかかった石宮を過ぎると杉木立となり、石段を登った先に飯豊和氣神社の立派な社殿があり、その裏手に四等三角点があった。
葉を落とした雑木に囲まれた山頂からは、樹林越しに高旗山が望まれるほかに顕著な展望はないが、暖かな日だまりに腰を下ろして過ごす時間は何ものにも代えがたい。
低山はかくも静かでかくも暖かくあってほしいものだ。
ムキタケをたっぷり入れたラーメンを食べ、ゆっくりと下山にかかる。
とはいえ、たんたんとした林道下りなので足どりは軽い。
落果したヤマナシの実を拾って集めては、今回の山行でも得るものがあったと二人喜びながら帰途についた。
郡山南インターに入ったのは3時と土日なら渋滞のピークに突入するところだが、さすがウィークデーだけあってすいすい走れた。
那須高原SAで1時間近く仮眠したが、7時半過ぎには家に帰れた。
仕事を休んで遊びに行くことがごくあたりまえにできる世の中を早く作りたいものだ。