今回は、細尾峠から横根山への長い尾根を歩く山旅。
下山したあとの車道歩きを少なくするために、自動車を内ノ籠川の都沢橋のたもとに停め、MTBで通洞に向かう。
通洞の足尾銅山観光からは清滝行きの足尾町営バスが出ている。
一番バスに乗るため、早起きをしたので、すぐに居眠りをしてしまったが、運転手に中禅寺湖に行くと言っておいたので安心だ。
目を覚ましたときには、目の前に巨大な男体山がそびえていた。
バスの運転手は親切な人で、わざわざ湯元方面行き東武バスの細尾入口停留所で降ろしてくれた。とてもありがたい。
中禅寺温泉に着いたのは7時半過ぎと、なかなかいい時間。
ロープウェーは当然動いていないので、茶ノ木平まで歩き。
ホテルのそばの墓地の裏手から尾根にとりついた。
ここからは社山がとてもりっぱだ。
西を見るとまっ白な山が二つ。
奥白根と錫ヶ岳だろう。
男体山南面の雪は少ないが、さすが日光奥の山々はまだ完全に冬のたたずまいだ。
茶ノ木平に八時半着。一番のロープウェーを使うより30分早い。
積雪はおおむねまだら模様だが、多いところでは4,50センチくらいもあり、踏み抜くと始末が悪い。
ロングスパッツをもってこなかったのが悔やまれた。
キツツキが木をたたく音とコガラやヒガラ、シジュウカラのさえずりが聞こえる。
ウラジロモミとダケカンバの樹林の中を歩いていくと、すぐに明智平への分岐点。
ここを細尾峠方面に折れると茶ノ木平の三角点だ。
正面には自然林の尾根が続き、薬師岳がそびえている。
尾根の左は鬼怒川、右が渡良瀬川の水源だ。
左側(東側)には残雪があるが、西側は暖かい感じのする自然林の尾根だ。
ここからの下りはとても長い。
茶ノ木平から細尾峠までは標高差にして500メートルもある長い下り。
石仏のある岩を左に見、ミニ鉄塔と雨量観測施設を過ぎたところでカラマツの植林を見るまで、ずっと丈の低いササの下生えの自然林だった。
送電線をくぐると車道の細尾峠だ。
薬師岳はすぐ前なのだが、意外に登り下りがあってはかどらない。
かなりの急登で登り着いたところが薬師岳の肩というところで、山頂まではすぐだった。
薬師岳は北から東にかけて伐採されて見晴らしがよくなっており、男体山、大真名子、女峰山のながめがすばらしかった。
錫ヶ岳は頭だけ出ていた。
薬師岳からも気持ちのよい自然林の尾根が続く。
宝暦四年の銘のある石祠と不動様の石像を見て、いくつかの小さなピークを登下降。
このあたり、リョウブの木がへし折られて登山道をふさいでいる光景をいくつも目にした。
横根山から男体山を振り返る
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折れているのはリョウブばかりだ。
薬師岳への登りで至近距離でシカを見たので、シカの食害かとも思ったが、シカは木ごとへし折ったりはしないだろう。
これはどう考えても人畜のなしうるところではない。おそらくは天狗様のなされたわざなのであろう。
しかし、なぜ天狗様はリョウブの木を折ったりなされるのであろうか。
私にはそこがどうも合点が行かない。
夕日岳は目の前に見えるのだが、そろそろ疲れが出てきたのか、三ツ目への登りはけっこうつらかった。
三ツ目から夕日岳へはピストンになるので、ザックをデポしてカメラだけもって夕日岳へ。
ここも北側が伐開されていて、展望がよい。
足元に薬師岳、中景に半月山と茶ノ木平、遠景右に男体山から女峰山、左側最奥に奥白根と錫ヶ岳。
三ツ目からはダケカンバの中の道でゆるい登降だ。
今日の山行はたくさんの人に会ったわけでもないのに、なにかにぎやかだと感じていたのだが、小鳥のさえずりが冬の足尾とちがって、格段に多いのだ。
ほとんど登りらしい登りもなく、カラマツ林に囲まれた地蔵岳に着いた。
展望はないが、祠の形をした石の箱に地蔵様が祀られている。
ちょっと広くて快い山頂だ。
ここからハガタテ平までは急降下。
鹿沼側がスギ、足尾側がカラマツの植林、登山道だけ自然林という林相がしばらく続くと、ハガタテ平。
ここからしばらくはゆるく登下降。
竜の宿、1351ピークの唐梨子山、大岩山、三角点のある行者岳。
行者岳からは意外な急降下のあと、またゆるい登下降。
白い鳥居と「大天狗之神様之声」という看板と、絵の描かれた巻物を入れたケースのあるところが、古峰原峠への下り口だった。
看板には、このあたりは天狗様がよくあらわれるということが書いてあり、リョウブの幹をへし折ったのはやはり天狗様だったのだなあと納得した。
ここからは林道で、行者沼という小さな沼を右に見てのんびり下っていくと、突然前方が開け、古峰原湿原。
雪の消えた湿原だが、草木の芽生えにはまだ早い。
後方のなだらかな高まりは三枚石だ。
湿原のへりにはツツジ類の中にシラカンバが点在し、ようやく傾きはじめた斜光線をうけて美しく光っている。
時刻は二時半過ぎ。
横根山まで、十分行ける。
朝から行動食しか口にしていなかったのだが、気持ちにゆとりができたので、古峰原高原ヒュッテの前のベンチに腰をおろし、三枚石を背景にした湿原風景をおかずに自家栽培シイタケ入りうどんを食べた。
古峰原高原ヒュッテはま新しい避難小屋で、かなりの大人数が宿泊できそうだ。
小屋のそばには水場やトイレもある。
ウグイスが鳴いているが、春先なのにとてもじょうずなさえずりだ。
いい小屋なので泊まりたいが、やはり横根山に行きたい気持ちが強かったので、銀色の大鳥居をくぐってゆるゆると三枚石をめざす。
まだ芽がふくらんでもいないが、道のわきにはさまざまなツツジ類がすこぶる多い。
初夏にはすばらしい花の楽園となるだろう。
ここからは「関東ふれあいの道」となる。
古峰原峠から井戸湿原までのルートは木でできた階段道だった。
どこかの条例かなんかで「関東ふれあいの道」は道幅二メートル以上でなければならない、なんていうのがあるのかもしれない。
そして、階段は人の歩幅にあわせて作られていない。
こいつを登るのが中高年にはとてもつらいのだ。
いきおい、階段のわきを歩くことになる。すると、階段のわきに道ができていく。
建設省かどこかのお役人たちは、「もともと地上に道はない。歩く人が多くなればそれが道になるのだ」という魯迅先生の名言をご存じないらしい。
ムダ金ばかり使いおって・・・。
大きな石がごろごろしはじめると、天狗の庭というところを過ぎ、社の建つ三枚石に着いた。
石造物がたくさんあるが、やけに新しいものが多くて、ありがたみが少ない。
山頂の広場には大きなテントが張ってあり、ベンチでは数人の若者が談笑していた。
テントのわきには古そうな石碑なんかもあったので、休憩がてらじっくり観察したかったが、私は若者の集団も苦手なので、神社にかしわ手を打って一礼し、彼らに「神罰・冥罰にふれるような行いだけはするなよ」と背中で語って、次のピークをめざした。
その先すぐにツツジ平という平地があり、シジュウカラにまじって早くもエゾムシクイのさえずりが聞かれた。
ツツジのトンネルを抜けていくと、雨量観測施設のある方塞山。
ここから南は牧場で、木が生えていないので、とらえどころのない横根山の全貌が広がっていた。
ここからは牧場の鉄条網に沿って歩くことになる。
右がバラ線、左は林縁なのでキイチゴが繁茂している。
どっちを向いてもトゲばかり。
五時前に横根山着。
まだ陽は十分に高い。
この日のロングトレイルのフィナーレにふさわしい大展望だ。
赤城山から袈裟丸連峰、そのとなり、天を衝くとがった峰は武尊山。
奥白根、男体山から女峰山もそろっている。
男体山は、信じられないくらいのはるかかなただ。
男体山との間には今日越えて来た山並みがうねうねと続いていた。
納得行くまで展望を楽しみ、井戸湿原へ向かう。
ゆるい下りを五分ほどで今宵の宿である無人小屋、湿原荘の建つ井戸湿原。
まだ明るいので、小屋に荷をおいて湿原周回に出かける。
芽を出しているのはコバイケイソウくらいだが、木道のわきでは早くもミズバショウが咲いていた。
小さいけれど、静かで、美しい湿原だった。
ゴールデンウィークもまだ初日とあって、誰も来そうにない。
静かな山の夜になりそうだ。
湿原の反対側から湿原荘を見ると、なかなかしゃれた雰囲気だった。
築三十年とあって、小屋の中は、見かけとちがって、いたみやよごれもめだってはいるが、それを不満に感じない周囲の風情だった。
食事をして横になると、昨日夜まで仕事をし、明け方から行動し続けてきた疲れがどっと出て、一気に眠れた。
深夜の十一時ごろ、いきなりものすごい雷鳴に目が覚めた。
寒気が入っているところへ気温が急上昇したため、夕方には積乱雲が見られたのだが、時ならぬ夜ふけの夕立となった。
夢うつつの中で、三枚石で幕営していた若者パーティが天狗様の怒りにふれるようなことをしたのではないか、という考えが浮かんだ。
翌朝は、できれば斜光線の中の日光連山を見たかったのだが、五時ごろになっても雨が完全にあがらなかったので、六時過ぎまで寝ていた。
ようやく青空がのぞいてきたので、身支度をととのえて横根山へ向かう。
木道のうえに白いものがのっていた。
しっとりとした大気の中に、アカハラやヒガラ、コマドリの声が響き、いよいよ高原の朝という感じを盛りあげてくれた。
空気に湿気が残っていたため、横根山からの展望は残念ながら昨日とあまり大差はなかったが、涼しい風が吹き、相変わらず気持ちのよい山頂だった。
今回は西の方、根本山方面がよく見えたが、はっきりと同定はできなかった。
車道に出、勝雲山方面へ舗装道路を行く。
きょうあたり、ドライブ客がこのあたりに殺到してくるだろう。
勝雲山の入口のわきに都沢への道を見つけ、そちらに入る。
途中は廃道になっていたため、一度踏みあとを失ったが、コバイケイソウやヤマトリカブトの芽の多い沢沿いを下っていくと、20分ほどで都沢の林道に出た。
さすがに沢まで下ると春らしく、ネコヤナギやフサザクラ、ハンノキの芽がふくらんでおり、コマドリのさえずりがあちこちで聞こえる。
自動車のところに着いたのはまだ9時過ぎだったので、MTBを回収したのち、大萱山のルートを偵察がてら、薙ノ沢を二俣まで釣り、イワナとヤマメを一匹ずつと少々のコゴミをみやげに持って家に帰った。