音金の三倉山登山口は、のっけからひどい急登だ。
ひさびさの山登りなので、荷を軽くしてきたのだが、息が切れてしかたがない。
植林を抜けると、雑木林。
草いきれの中で、トリアシショウマ、オオバギボウシ、コアジサイなどが咲いていた。
足元に目をやると、テングタケの大発生。
キノコの季節がやってきたので、うれしい。そこら中にテングタケが出ている光景は、なかなか見ものだった。
タマゴタケやカワリハツ、シワチャヤマイグチ、ドクベニタケの仲間など何種類かのキノコの写真が撮れたので、満足。
伐採地でやや平坦になるが、すぐにまた急登。
このあたり、ヤブはひどいが、踏みあとはついていた。
1113標高点を過ぎ、しばらく行くと、アスナロの自然林。
斧がまったく入っていないということはないようだが、伐採の痕跡は見られない。
このあたりには、束生したモリノカレバタケをたくさん見かけた。
ことによると、アマタケかもしれない。
また、ヤマイグチや、アンズタケに似たキノコの菌輪も見た。
クロジ、コマドリのさえずりの中、踏みあとをたどるが、ヤブは濃く、油断はできない。
1515標高点を過ぎると、花をつけたハクサンシャクナゲが目を慰めるが、しだいに密ヤブ化する登りが苦痛になってきた。
少し陽の射すところにゴゼンタチバナの花を見ると、ヤブの中に切り開かれた空沢山(からさわやま)三角点。
登りはじめから急登二時間半。
ほっと心が和むところだが、いたるところに井上昌子の落書きがあって、台無しだ。
ひといき入れて、三倉山に向かって、再びヤブに突入。
ここから先、まともな踏みあとはほとんどなし。ネマガリタケとアスナロ、クロベ、シャクナゲなどの密ヤブの中のかすかな踏みあとを丹念に拾う。
完全なヤブ泳ぎを強いられるところも少なくないが、とぎれとぎれの踏みあとを拾えるかどうかで、疲労度は数倍になるところだ。
ヤブの中でがさがさという音。自分ではない。
アスナロの幹に熊の爪研ぎあとを見たので、ここは声をかけて通過。
樹木の背丈がしだいに低くなり、ハイマツ、アカミノイヌツゲ、ナナカマド、ホツツジ、ハクサンシャクナゲなどのヤブになると、三倉山の一角がけっこう近く望まれるが、このあたり、五メートル進むのに一分かかる。
ここで赤のスプレーペンキのキャップを拾った。
たぶん、あいつのだ。
ようやく飛びだしたピークには、井上昌子の筆跡で「一の倉」とあった。
三倉山の北峰だ。
へとへとだったが、ここからは、ちゃんとした登山道があるので、生き返る。
シモツケの花がたくさん咲いており、クジャクチョウが蜜を吸っていた。
三倉山本峰、三角点峰と、気持ちのよい尾根つづき。
多少もやがかかってはいるものの、茶臼岳から二岐山にかけてよく見えていた。
南月山だけはガス。
雪のない茶臼岳は、怪峰といえるほど、妙な形だ。
三本槍のボリュームと旭岳のすらりとした姿が印象的だ。
あたりのシャクナゲは満開。
白、ピンク。その中間。
咲き競うシャクナゲの海の中を漂いながら、右顧左眄する。
五葉の泉は尾根の上にあるのに、チョロチョロと流れ出ていて、摩訶不思議なところ。
ここから先が待望のお花畑。
ニッコウキスゲとコバイケイソウがめだつが、コバイケイソウは盛りを過ぎた感じ。
足元には、ウサギギク、ヤマブキショウマ、カラマツソウ、シュロソウ、ネバリノギラン、オトギリソウ、ニガナ(白・黄)などが咲き乱れている。
ヒメシャジンやトキソウも見た。
むらさき色の花を見ると、秋の予感がする。
あいかわらずハクサンシャクナゲは多く、シモツケは白から紅色までのバリエーション豊かだ。
ウラジロヨウラクもさかんに咲いていた。
流石山まで来ると、茶臼岳や三本槍岳がま近く迫り、三斗小屋の赤い屋根も見えた。
大峠界隈も花の多いところで、それまでに見た花のほかにミネウスユキソウが咲いていた。
お花畑のまん中に座り込んで写真を撮っている人がいたので、「そんな場に座っちゃあ花がかわいそうじゃねん」と言ったら、出てくれた。
標準語でちゃんと言えばよかったと少し後悔した。
大峠には、首の欠けた石仏がたくさん。
石仏の首が欠けているのは、江戸時代に寺院が横暴なことをしていた仕返しではあるのだが、石仏に罪があるじゃなし、石仏破壊も一種の横暴の歴史だと思ってしまう。
大峠から林道終点までは20分ほど。
自転車をデポしておいたヨロイ沢手前までは10分もかからなかったが、そこから音金までは、自転車で一時間かかった。