ダムの吐き出しより下流の高瀬川は、堂々たる流れで、渡渉もままならない感じ。
渇水でこれだから、平水時は、さぞいい流れを見せるのだろう。
ただ、水の色がややおかしいのが、気になった。
登山口のすぐわきの神社で拝礼し、橋を渡ると、無住の人家。
まだ住めそうな感じだが、周囲は荒れていた。
すぐ先に朽ちた廃屋が、もう一軒。
こちらはすでに崩壊していた。
何となく、ものさびしい歩き出しだった。
道の両わきは杉木立。
太いので50〜60年生くらいか。
林業のために植林されたというのではなく、参道の並木として植えられたものらしい。
並木の外側はアカマツがほとんど。大木は少ない。
モミもあるが、幼樹のみ。
十二支をかたどった石仏を一つ一つ、のぞきながら登る。
最初が亥。次が戌。
干支は、上から順番になっていた。
カコウ岩に彫られた石仏だが、風化が進んでおり、表情までは読みとれなかった。
これらの石仏に、信仰上のどういう意味があるのか、興味がわいた。
一本調子の登りなので、すぐに山頂。
何のためのものか、鉄パイプ製のやぐらがひっくり返っていて、荒れた感じがする。
これが鷲宮神社だろうか、神社らしくない形のやしろがあり、さびた鉄剣がころがっていた。
一応、神様にご挨拶。
東側は伐開されていて、太平洋が望まれた。
南に見えるヤブ山は、十万山だろう。あまりぱっとしない山容だ。
登山口のわきには、「天明海地天」と彫られた大きな石碑。
なんだか、深い意味がありそうでよくわからない石造物の多い、信仰の山だった。